年も押し迫って、受験生にとってはいよいよ「三者面談」の時期となりました。毎年恒例のことですが、ここにおいて親子の悲喜こもごもな姿が散見されることとなります。
最終的な内申点や、学校としての「お勧め進路」を提示される訳ですが、これが必ずしも生徒や親の考えと一致せず、涙ながらに塾に相談に見える方がこれまでも何人もいらっしゃいました。
学校の進路指導は、どの中学も例外なく「超安全志向」です。「まず間違いなく合格するだろう。」という、「現状の学力・内申点よりちょっと下」の高校を強力に勧めてきます。最も安全なのは、内申点が合格基準に達している「私立高校の単願」で、現状では「出願すれば、ほぼ合格」です。この意思決定を導くことで、教師の受験に関する事務的作業は「いっちょ上がり!」で、年内に煩わしい事務作業が実質終了するという訳です。
もっとも、担任教師としては自分のクラスから「不合格者」を極力出したくないという気持ちを抱くということは、少なからず理解できる点ではあります。一方で、このような結果として「チャレンジさせない」姿勢が、全体的な学力低下の遠因になっているような気がしてならないのです。これは高校受験のみならず、大学入試における推薦やAO入試において最も顕著であり、「受験勉強を経ない、基礎学力さえ満足に身に着いていない学生」を無尽蔵に世の中に送り出しているという現実があります。塾において最も勉強に精を出しているのは、高校受験生でも大学受験生でもなく、私立中受験生であるという現実は、何とも皮肉な現実だと私には映ります。
そもそも「受験」というものは「不確実性」そのものだといえるのではないでしょうか?およそ「受験」と名がつくものに、「絶対大丈夫!」などという概念はないはずです。
であるならば、そのような不確実なものを評価するのではなく、受験までの「経過」を重視すべきだと私は考えます。受験ですから、合格も不合格もあるのが必然ではありますが、受験までの道のりに悔いが残らなければ、たとえどのような進路に進んでも、近い将来必ず「花を咲かせてくれる」ことを、私は信じて疑いません。
「勝って驕らず、負けて腐らず」
雄々しく戦った者は、勝っても負けても賞賛すべきです。私の教え子たちには、そんな子たちがたくさんいます。
今回のブログの表題は、塾の管理者としては少々刺激的だったかもしれませんが(笑)、この時期になると、いつもそんなことを想っています。
私にとっては勝者も敗者も関係ない、受験までの道のりにこそ価値があるのだと考えているのです。
あとひと息、受験生の皆さんの更なる健闘を期待しています。
頑張りましょう!