ベンチ外れた3年生同士、雨中の引退試合「皆が一つに」
http://www.asahi.com/articles/ASK747RB7K74UHNB00J.html
第99回全国高校野球選手権群馬大会の開幕を前に、前橋商と前橋工のベンチ入りできなかった3年生の「引退試合」が4日夕、前橋市民球場であった。選手たちは台風に伴う雨が降りしきる中、泥だらけになりながら懸…
久々に大変良い記事でした。夏の高校野球を主催する朝日新聞ならではの記事だとは思いますが、最近の報道といえば「このハゲー!」などという身の毛もよだつような記事ばかりでしたから(笑)。
この記事によれば、最後の夏の大会でベンチ入りが叶わなかった部員のために、前橋商と前橋工の監督さんたちが報われなかった3年生のための「最後の晴れ舞台」を設けてあげようと3年前から企画したそうです。本当に素晴らしいことだと思いますし、指導者たるものはこうあらねばならないと、私自身も学ぶ点が多かった出来事でした。「縁の下の力持ち」たちにもレギュラー選手同様の配慮ができるということは、指導者としてというよりも、一人の人間として素晴らしいことだと考えます。
公式戦同様、きちんと背番号までつけて、細かな配慮も心憎いです。思いを遂げることができなかった3年生も、大きな、そして大切な思い出ができたのではないでしょうか。ぜひ全国の高校でも同じような企画を実施していただきたいと心より願っております。
高校野球をやっていて、3年生にもなってベンチ入りさえできなかったのであれば、それは全く意味がなかったことなのでしょうか?私はそうは思いません。
勉強でもスポーツでも、それぞれに生まれ持った「器」があり、残念ながらその「器」以上に水を注ぐことはできません。つまりは、人生は挫折の連続なのです。
だからといって、諦めてしまうのは愚の骨頂です。小さな「器」ならば、その「器」いっぱいに水を注ぐ努力をすればよい。その過程こそが大切なのだと私は思います。世の中には、大きな「器」を持ちながら、自ら水を注ぐ努力をしない人もたくさんいます。そんな中で、小さな「器」でも、いっぱいに水を注ごうと努力する人の姿は、大変美しいものだと感じています。
そんなあなたの「頑張り」を、必ず誰かが見ていてくれるはずです。そして彼らのように、そんな「頑張り」に対して、最後の最後にほんの小さな「ご褒美」がもらえるはずです。だからこそ、「頑張る」ことに意味があるのだと、私は考えているのです。
君たちの「頑張り」がいつか実を結びことを、私は信じて疑いません。
頑張りましょう!