「赦す」社会。 | エフォートアカデミー塾長日記

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野球経験者としては、本日も残念なニュースがスポーツ新聞の一面を飾っていた。


野球選手が野球賭博をするなどもってのほか、しかも事前の事情聴取では嘘の供述をしていたらしい。

将来が嘱望される素養豊かな選手であったが、これで野球選手としてのキャリアは終わったも同然。

一野球ファンとしても、大変残念である。


少し前には清原選手の覚せい剤問題が世間の注目を浴びていた。

彼もまた、この先の野球人生を完全に絶たれたといっても過言ではない。

同世代の人間として、憧れの対象だった彼がこのような事態になって、大変残念である。



故意にしろ故意ではないにしろ、全ての人間は未熟であり、犯罪を犯してしまう可能性は誰にでもある。

大切なのは、犯罪を犯してしまった後、どのように生きていくのか、ということだろう。


野球発祥の地アメリカでは、覚せい剤中毒者に関する扱いが、日本とは根本的に異なっているという。

覚せい剤中毒者を「病人」ととらえ、きちんと治療を施す社会的システムが構築されている。

覚せい剤中毒を克服した暁には、再びメジャーリーグに迎えることを「赦して」いるのだ。


「赦す」ということは、本当に難しいことだと思う。


特に我が国では、過去に過ちを犯し、きちんと更正してから何年も経過したとしても、依然として過去の過ちを「赦さない」傾向が強いと思う。アメリカも薬物問題には寛容だが、野球賭博については厳しい態度で臨んでいる。かつての天才的ヒットメーカーであるピート・ローズが、賭博事件から20年以上経過してもまだ永久失格処分のままであることは、犯罪の質によっては決して「赦す」ことができないという、アメリカ国民の強い意志を表しているように感じる。



昨日は高木という26歳の投手が摘発された。

スポーツ選手の選手寿命は短い。事実上、彼の選手生命は絶たれたといってよいのだろう。

ただ、彼のプロ野球での経験が、いつか何かの形で生かされることを「赦す」社会となることを、願わずにはいられないのである。甘いといわれるかもしれないが、野球選手としてまさにピークを迎えようとしていた彼が選手生命を絶たれるということは、それのみで既に相応の罰を与えられたような気がしている。


野球に関わるということは、何も自分自身が選手として活躍するということだけではない。

いつかその失敗さえ人生の糧とし、野球を志す後輩たちへの教訓として伝えていける機会を与えられるように願っている。


そんな「赦し」を得られる社会こそ、望ましい社会なのではないかと考えている。

今後の高木選手の生き方に、大いに期待している。これで人生が終わってしまった訳ではない。彼自身の今後の行動こそが、自らの人生を再び切り拓いていく鍵になるのだと思う。


頑張りましょう!