小池 龍之介さんの「考えない練習」という本の中に、最近「感謝」という言葉が乱立しているように見えるという内容の事が書かれてありました。
確かにありがとう、感謝していますという言葉はいたるところで見受けられます。
正直、私もビジネス書や成功哲学書を読み、ありがとうの言葉を使うようにしておりました。
でも、最近こうも思うんです。
本当の感謝って、もっともっと自主自立、何事にも関する当事者意識が心に芽生えてないと、本当の感謝の気持ちにならないのではないでしょうか。
他人事ではなく、全て自分ごと。
自分の人生、自分の仕事、自分の家族。
そういう強い自覚、自立、当事者意識があってこそ、ああ、本当は私がしなければならないところを、代わりにしてくれてありがとう、という気持ちが芽生えるのではないでしょうか。
正直私は、まだまだ依存心が強いと自分で感じます。
人任せにせず、自分事として覚悟を持って挑もうとする事で、今まで慣れ親しんだ仕事に対しても怖さを覚えるようになりました。
それはもう、自分ってこんなに臆病だったんだと思えるくらい。
でもだからこそ、これまでとは違う感謝の気持ちも味わえるようになってきました(ほんの少しだけね)。
自分の目指す人間像に少しでも近づくため、人から言われたから感謝の言葉を言うようにするのではなく、もっとこみ上げてくる本当の感謝の気持ちを伝えられるようになりたいですね。
自主、自立、当事者意識と行動を持って、その気持ちを持ちたいなと思います。
人に心から感謝できる状態って、きっとすっごく心地いい状態だと思う。
まさに元気サラリーマンですね(^▽^)
黒瀧@モバイルより投稿
確かにありがとう、感謝していますという言葉はいたるところで見受けられます。
正直、私もビジネス書や成功哲学書を読み、ありがとうの言葉を使うようにしておりました。
でも、最近こうも思うんです。
本当の感謝って、もっともっと自主自立、何事にも関する当事者意識が心に芽生えてないと、本当の感謝の気持ちにならないのではないでしょうか。
他人事ではなく、全て自分ごと。
自分の人生、自分の仕事、自分の家族。
そういう強い自覚、自立、当事者意識があってこそ、ああ、本当は私がしなければならないところを、代わりにしてくれてありがとう、という気持ちが芽生えるのではないでしょうか。
正直私は、まだまだ依存心が強いと自分で感じます。
人任せにせず、自分事として覚悟を持って挑もうとする事で、今まで慣れ親しんだ仕事に対しても怖さを覚えるようになりました。
それはもう、自分ってこんなに臆病だったんだと思えるくらい。
でもだからこそ、これまでとは違う感謝の気持ちも味わえるようになってきました(ほんの少しだけね)。
自分の目指す人間像に少しでも近づくため、人から言われたから感謝の言葉を言うようにするのではなく、もっとこみ上げてくる本当の感謝の気持ちを伝えられるようになりたいですね。
自主、自立、当事者意識と行動を持って、その気持ちを持ちたいなと思います。
人に心から感謝できる状態って、きっとすっごく心地いい状態だと思う。
まさに元気サラリーマンですね(^▽^)
黒瀧@モバイルより投稿