本日のGood & New!

感情をコミュニケーションの媒体とするならば、誰とでもコミュニケーションできると気づく


英語ができないとコミュニケーションできない。
スペイン語ができないとコミュニケーションできない。
中国語ができないとコミュニケーションできない。


そう決めつけながら生きてきた気がします。


確かに言葉はわかった方が便利です。
正確に意思の疎通ができますし、思いもダイレクトに伝えられます。
ただ、それが全てじゃないと気がついたんです。


妻と海外旅行に行った時のこと。例えばチェコです。
英語も通じず、その土地の言葉にも全く馴染みのないところに行った時の妻のたくましい事たくましい事。
私なんかよりずっとずっと達者にコミュニケーションするんです。




日本語でですけどね。




そう、むこうはチェコ語、妻は日本語。


でもなぜか意思の疎通が出来てるんですよね。


例えば道がわからなくなった時も、ガイドブック片手に道を聞いてきます。
そして実際合ってるんですよね~。



果たして妻は何を頼りにコミュニケーションをしているのでしょう。



ノンバーバルコミュニケーション。
それももちろんあるでしょう。
ただ、私が今回言いたい事はノンバーバールコミュニケーションの事では無いのです。



私が今回言いたいのは



エモーショナルコミュニケーション。



言葉ではなく、感情を媒体としたコミュニケーションの事です。



言葉が無くとも、少なくとも感情さえ伝わればコミュニケーションはできるじゃないかという事です。



相手は今、


うれしいんだな

悲しいんだな

怒ってるんだな

楽しいんだな



最低限これだけ分かればコミュニケーションはできるじゃありませんか。


コミュニケーションするのに、そんなに言葉に頼る必要はないのかなと思います。


妻は恐らく、言葉以外の情報と、そして感情の動きを察知してコミュニケーションをしていたのでしょう。






さて、今回なぜ私がこんな事を急に言い出したのか。



それはエモーショナルコミュニケーションの最たるものを毎日経験しているからです。



エモーショナルコミュニケーションのその最たるもの。



それは



赤ちゃんとのコミュニケーション



ええ、我が愛娘(生後3ヵ月)とのコミュニケーションです。




毎日あーとかうーとか何か言ってます。


表情もだんだん豊かになってきましたが、それでもまだまだ未熟です。


そんな彼女と、言葉や表情だけで充分なコミュニケーションがとれるはずもありません。




それでもですね、うれしいか悲しいかのような、「感情」だけはわかるんです。


感情にだけフォーカスをしたら、十分にコミュニケーションがとれてるんですよね。



今、この子はうれしいのだな、悲しいのだな、不快なのだな、怒ってるんだな。



これさえ察知できれば、コミュニケーションとしては十分事足ります。


何も赤ちゃんだからと言って、コミュニケーションができないわけじゃないですよね。


うれしいか悲しいか、嫌なのか楽しいのか、全身でメッセージを発しているんですから。





そして大人どうしのコミュニケーションも、最低限これがわかればいいじゃないかと思ったんです。



言葉が伝わらなくても、今ハッピーなのかどうか、困ってるのかどうかの感情をどうにかして伝えれば、コミュニケーションは成り立つのではないでしょうか。




言葉が通じないと困る、みんなの前で恥をかく。

だからコミュニケーションなんてできない。



そう決めつける前に、まずは感情を伝えてみようと子供から学んだ一日なのでした(^∇^)




~余談~

妻と言葉が全く通じないところに行くと愛が深まりますよ~☆
極限状態でいくつもの困難を乗り越える事になりますから(笑)