先日、震災後初めて、お友達と夜、食事に行きました。
待ち合わせて会った瞬間に彼女が
「うれしー
」と言うので、そんなに私に会えるのがうれしいのかしらと思いつつ
「どうしたの
」と聞いたら、
「久々の外食だから
」・・・・だそうです。
「私、計画停電ストレスMAXなんですけど
。」と私が開口一番告げたところ、
「私も会社も、家も暖房つけてないよ
。」
と会社は中央区、家は港区の、今後も計画停電など無縁の彼女がそう自慢げに話すので、
「当然でしょう。それくらいじゃ甘いでしょう。」と、
「暖房どころか、テレビも消えるのよ。夜は真っ暗よ
」
私の計画停電ストレス話は続き、
「父が、母が作って行った夕飯をチンし始めた瞬間に停電になって
真っ暗な中、冷たいおかず食べてたわよ
。」とか、
「そのあと、父が毛布に包まって(なぜか)床で寝てたの知らなくて間違えて踏んじゃったのよ
。」
と、延々(主に父の)計画停電被害を述べ続けました、、、。
(ちなみに、懐中電灯とロウソクはあるので、目を開けても真っ暗という状態ではもちろんありませんが、
予期せぬことの連続です。)
私の怒りの矛先が自分にのみ向き続けていると危惧した彼女は、
「23区は何も悪くないわよ。悪いのはやっぱり○電でしょ。
週刊文○にも大罪が書かれて、コレコレこうだから、やっぱり・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
と、私の計画停電に対する怒りを○電へ向けたのでした。
と、この後の、会話はとてもじゃないけれども、
お知らせできません。。。
しかし、今回のこの原発の事故に関しては、防ぎようがあったのではないかいう話を聞くと、
悔しさはつのります。
また、連日、TVで見る避難所での人々を思う時、私の計画停電でギャーギャーいうのもピタリと止みます。
マイクを向けられて、最初は、現状を落ち着いて話たりしている方も、
途中で言葉につまってしまう姿を見るたび、私が泣いたって仕方ありませんが、
もらい泣きしてしまいます。
なんでなのか、、、と考えてもどうにもならず、
とにかく誰もが、温かい食事とお風呂に毎日入れる日がやってくることを強く願います。
土屋
