2018/01/17土〜18日
【🦎もう俺はお前の涙、拭いてやれねえから。】
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産婦人科領域専門・女子専門
メンタルヘルス薬剤師
メンタリスト・松葉芳典です。
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訳者鈴木道彦は「失われた時を求めて」の個人全訳という偉業を達成されている。プルーストの入れ子構造の難解な原文との格闘を長年続けられたことだろう。日本語に移し変えて、より理解しやすい並列的な記述を可能な限り目指されたのではないだろうか?難解な人間心理の描写を吉川一義訳、井上究一郎訳以上に理解しやすい文章に砕いて書いてくれている。それでいて原文の文学的価値の高さは損なわれていない。(原文を読んでいないのに、それは言えないことかもしれないが)
原文の文学的価値を損なっていないということは、吉川訳、井上訳についても言えることであるが、鈴木訳が一番日本語的な文体になっているように僕は漠然と感じたのだ。その他に重視したいのは、バルベックの海岸で語り手の「私」と遭遇するヒロイン、アルベルチーヌの言葉遣いである。「私」は海をバックに浮かび上がってくる「少女達」の美しさに心を打たれる一方、パリの社交界で話される言葉遣いとまるで違った「少女達」の言葉遣いに衝撃を受ける。「私」は彼女達のことを競輪選手の若い情婦かなにかのように思ったくらいだった。
「アルベルチーヌは<あの人は完全に馬鹿なのよ>と言う代わりに<あの人は完璧に馬鹿なのよ>と言い私を驚かせた」(吉川訳)
「アルベルチーヌは<あの人は全く馬鹿なのよ>と言う代わりに<あの人は完全に馬鹿なのよ>と言い私を驚かせた」(井上訳、鈴木訳)
井上、鈴木の訳がこの箇所で一致し、吉川の訳のみが大きく異なった訳となった。吉川は少なくとも1929年生まれの鈴木より30年は若いはずで、「完全」と「完璧」の間に鋭い音声感覚の違いを感じているのは、吉川がより現代的感覚を持っていて、鈴木には、この一箇所を見る限り世代感覚の違いがあると言えるような気がする。しかし、アルベルチーヌの奔放な言葉遣いは随所にちりばめられている。訳者によって、彼女の言葉がどのように様々な印象を我々に与えてくれるのか、これは何回でも味わってみる価値があるように僕には思える。
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