師走のこの一番一年を振り返る時期に凝縮した1ヶ月を経験しています。
人の心って本当に複雑で簡単には運んだり、
動かすことができないんだなって感じたこの数週間です。
急にアップしたと思えは、ジェットコースターのように地獄に落とされた感覚になり、
今の自分は乗り物酔いにさいなまれているという状況でしょうか。
急に訳のわからないぎっくり腰も追い討ちをかける始末。
心と体がこんなにも連結しているなんて・・・
ある意味そんなことにフォーカスさえしなければ、
もっと鈍感に生きていれば・・・
もっと楽に生きて行けたのに。
なんて思ったりすることもあり。。。
昨日、昔ビデオにとっていたシンドラーのリストのドキュメントを見ました。
彼はナチスドイツ時代にユダヤ人の国イスラエルでは正義の人として
今もたたえられている、ドイツ人の実業家です。
彼について説明は無用でしよう。
そんなユダヤ人にとって、救いの英雄も戦後、母国ドイツで元親ナチ派のドイツ人から
相当批判の対象を受け、自分の工場の従業員にまで暴行を受けたそうです。
体の傷よりも心の傷を相当負ったそうです。
戦争が終了して、人種差別も緩和されていこうとしている矢先の出来事でした。
そして彼は
「もし自分が1200人のユダヤ人を救っていなければ、
こんな仕打ちをしないで生きていけたことだろう。」
と親しい人間に漏らしていたようです。
何か自分とリンクしたような瞬間でした。
上記のくだりとリンクするから。。。
彼は失意のときに昔の従業員との交流でアメリカやイスラエルにしばし
交流があったとの事。そして彼の亡骸イスラエルに渡る・・・
一度、様々な困難を共にした、コミュニティの交流は決して消えないものなんだな。
ハイ終わりではないんだな。ってちょっと涙が出そうになってしまいました。
(もちろん生死をさまよう危険な状態の中での状態なので当然だけど)
何度も今みたいにくじけることがあるだろう。
もう二度としたくないことが、これからたくさんどれだけあることだろうか。
それでも「自分の投げたボールの行方」はいつしか気になるであろう。
でも必死になって投げつづけなくて、見つけなくてもいい。
苦しくなったら休むことが大切なんだ。
結局なにもしなくなると人間なぜか行動を起こしたくなるもんだ。
今はなにもしなくていい。
そんな時間もあっていいんじゃないかって。
ゆっくり休んで行動を起こしたくなったとき、
また自然と行動を起こすものだと信じて。
たった数ヶ月で変わるものもいれば変らないものもいる。
変わる必要がないと気づくこともある。
焦ってすべてを吸収する必要はない。
僕にとってこの問題は人生の一生の課題かもしれない。
俺はここ最近で、やっとそのスタートラインに立つことができたのかもしれない。
それがいい事かどうかはわからないが、
やってみろって、神様が宿題をくれたことを素直に受け止める時期なのかな。
しばしの休息!