前回の続きです
(2/2 №2)
飛鳥寺の西に古代サッカー場
石敷きの蹴鞠(けまり)場が発見された
飛鳥寺西方遺跡
歴史に弱いおっちゃん
が飛鳥へ
古代史の勉強
に行ってきました
<歴史に強い方は読む必要なし>
飛鳥寺西方遺跡
日本書紀に登場する「槻(つき)の木の広場」は
人々が集まって饗宴や蹴鞠を楽しんだ古代のレジャー施設
槻の木=けやきの古名
靴が飛んだ……
大化の改新(645年)の1年前に中大兄皇子(なかのおおえのみこ=天智天皇)が蹴鞠中に靴が飛び、それを拾ったのが中臣鎌足(なかとみのかまたり=藤原鎌足)。
その二人が出会って、謀議を重ね、蘇我入鹿を暗殺、大化の改新が行われ、豪族中心の政治から天皇中心の政治に変わりました。
大化は日本最初の元号です。
靴が脱げなかったら、今の日本はどうなってたんやろか

蘇我入鹿の首塚と遺跡跡
(奈良県明日香村 2/2午後1時)
この場所から南600mほどの飛鳥板蓋宮で入鹿の切り落とされた首は
この地まで飛んできたそうです
そのスグ西で中大兄皇子と中臣鎌足の出会いがあったのです

西から見た遺跡と飛鳥寺

遺跡の広さは360㎡(109坪)
東西15m×南北24m
写真
は南東角から撮りました

石敷と砂利敷
古代史ファンが次から次へと途切れません
古代史ファンでもないおっちゃんも一人だけいたけど

土坑
石が敷かれていない土坑は
何に使われたのかは不明
小学生の頃から歴史に弱いので頭の中は大混乱
ヒートアップした頭を冷やしに田園地帯を散策しました
この日は気温が17度
ヒートテックの下着では汗ぼむ陽気

つづく