いやー昨日は食べました、飲みました。
せっかく温泉に来たので、朝風呂にでも
入ろうとスイッチを入れると そうだよく考えると
何でスイッチいれるんだろう。
女神様曰く 温泉じゃないからでしょう。
そんなのわからないの?
そうだったんだ 館内風呂だけが温泉だった
ことを知りました。
妖艶な光を放っていた蛍の里も朝見ると
ただの山と田んぼなんです。
何かおかしい、
酒のせいか?
さて、かんぽの宿を後に竹原の
町並保存地区の見学としますか。
ここは、ある目的があるんです。
朝が早い(9時)せいか住民がいませんね。
いました、ワンコとニャンコ朝から疲れて
入る様子です。昨日飲みすぎかーィ
ここは、竹鶴酒造といってあの
ニッカウヰスキーの創業者 竹鶴政孝 の
生家です、NHKを見た方はご存知でしょう
元々は日本酒の造り酒屋なんです。
そこでお酒を試飲して美味しければ
買って帰えろと思っています。
ざ 残念 あまりの好評で生産が間に合わず
しばらくの間休止 何で・・・
テレビの影響はすごいんですね、たぶん放映以降
どーとお客が来たんでしょう。
やっと静かになれたんでしょうね。
少し歩くと右側に粋な窓の形の民家が
現れました、昔の御茶屋なんですね。
チョッと寄って行きたくなりますね。
窓下の彫刻模様は、海の上を
鳥が飛んでいる風景なんでしょうか。
昔のまんま残っています、今はこうゆう
芸術的職人がいないので、これが朽ちて
しまうと修復ができません
保存管理が大変なんでしょうね。
保存していればよいと言うのと、
住んで生活をして保存していくことは
まったく違ってとても大変なことと思います。
古の良い所、今では合わないところ
をうまく融合させて町の人皆が協力して
いるんですね。この敷石なんかいいですね。
生活観のある自転車がマッチして
います。
非常用出口でしょうか?チョッと遊びに来た
旦那が緊急時に抜け出せる階段でしょうか?
立派な家屋ですね、関西から山陽にかけて
このような建物が多く当家のジオラマの一部
にもある形ですね。
何だと思いますか?
朽ちかけた蔵の壁面です。
竹を交差させ編みこんでその上に
土壁を塗りその上に漆喰がもう一層塗って
あったと思われますが漆喰が落ちて
土壁が露になってしまっていました。
こうなってしまうと風雨で土が落ち
竹が風化しやがて崩壊してしまいます。
土壁左官職人なんていないと思われ
がちですが、近代の家はクロス張りでは
通気が悪く漆喰やそれに似た建材で
施工されていいるので左官工はいる
と思います。後は資金ですか、
ここが一番のネックですね。
この絵がよく竹原をPRするポスターに
出てくるアングルなんですね。
皆さんも着て見てお金落として下さい。
竹原から黄色電車に乗って呉に来ました。
竹原の静寂な町並とガラッと変わって
軍の町になりました、行き交う人並みの
中には水兵の服を着た訓練兵が行き交ったり
して関東では見られない光景ですね。
呉は、戦艦 大和 が作られた町
でもあり 大和ミュージアムの中には
大和の1/10の模型が飾られているんです。
当時の内閣は海軍が力を握っていて
一番偉かったのはご存知山本五十六ですね。
第1次大戦後 米英日の間で軍縮条約が結ばれ
戦艦など戦力は米が10とすると日本は6
という条件で結ばれたそうで、その少ない
戦力でもより高性能で巨大な船を造り
大東亜勢力圏を確保しようと海軍は
もくろんだようです。
しかし、第一次大戦とは時代が変わり
船よりも飛行機の時代になりその時代に
のれなかった当時の大本営は苦戦を
強いられ敗戦となったと習いました。
しかし、この機会にチョコッとお勉強をしたところ
戦力の比率は、ランカスターの法則というものが
あり、戦力差はその2乗で表されるとあります。
日本6 米10 を2乗すると日本36 米100なり
戦えば負ける条約だったんです。
沖縄の海の底には大勢の犠牲者と共に
戦艦大和は沈んでいます、今の平和は
この尊い犠牲者の方々のおかげで
我々は暮らさせてもらっています。
ありがとうございます。
今回の しまなみ海道の旅 いかがだった
しょうか、海の幸 古の町並 造船の町と
盛り沢山でシリーズ5までご紹介しました。
お付き合いありがとうございました。
もうすぐ東京です、ディズニーランド
が見えてきました。
東京ゲートブリッジも見えもう少しで
羽田空港へ着陸です。
次回は、大人の休日倶楽部パス で
どこかに行きますその時まで
お元気で さようなら。





















