『…REMEMBER……3.11…。』
忘れられない平成23年3月11日……。
しかし…セピア色に懐かしいと感じるようになった日本人が多くなったかもしれないのではないだろうか……。
我が日本国は被災中です
日本人が日本語で会話して動くことは当然のこと
厳しき冬に満たない温もりで雪に耐えて暮らす日本人……厳しき夏に瓦礫に囲まれて暮らす日本人……。
この現実は2回目をむかえることになります……。
…そして……。
瓦礫処理も協力できないのならば、避難生活者に暮らす場所も提供する……避難生活の人に暮らす場所を提供できないのならば、瓦礫処理を協力する……これがなくして復興が進むはずはない……。
どちらも大きい決断ですが……どちらも選択できない日本人が多いままで、本当に良いのでしょうか
1回目の被災中より2回目こそは
初めてではない意識を強めていかなければならないはず
かつて鉄道用語に『非冷房車』という言葉が多く用いられていた………。
もう一度……『非冷房』で汗をかいても死なずに生きていた時代は、『冷房電力』で生きられなくなるより良いと言う考えも使う時ではないでしょうか


自身もここで宣言して…冷房が『必必要』の場所のために、節電生活につとめます


そして………決定権利のある選ばれし期待と高額税金を握っている日本人の決断はもう絶対に後回しできない
後回しにすれば………今…逃れることができなかった幼いこども達に背負わせて処理させることになるのだから……。

