元文5年(1741)示寂した金沢妙慶寺の愍譽(みんによ)和尙は江州在原の正法院より入寺した人とある。
妙慶寺の住職は、代々博識の僧侶がつとめたので、或いは愍譽和尚あたりが在原という地名からの連想で、業平が居住したと言い出したのではあるまいか。
享保4年までに愍譽和尚が正法院の住職であったとして、年代的に矛盾はない。
正法院の山門。
マキノ駅の観光案内でいただいた循環バスの時刻表を見ると、1日3本のうち、13時21分発のバスまで1時間ある。
小さな集落だ。急げばひとまわりできよう。
よく見る集落の写真には、藁葺き屋根の家々が多く映っているが、見かけたのは僅か2棟。
民家の屋根の多くは瓦葺きになっていたり、トタンがかぶせてあった。
藁葺き屋根を期待するのは通りすがりの観光客やにわかカメラマンの我儘というもので、雪深い地元の人が暮らし安さを求めるのを、誰も止めることはできない。
歩いていると、集落を流れる小川に竜田川の看板がある。
いうまでもなく、『古今和歌集』所収、業平の「ちはやぶる 神世もき聞かず 竜田川 からくれなゐに 水くくるとは 」にちなんで名づけられたもので、この川が歌に詠まれた「竜田川」であると勘違いしてはならない。
更に歩くと伝説在原業平の墓への矢印を記した標にであう。
標に従って山道に分け入ると、再び矢印。

白谷温泉ハ王子荘で30分ほど汗を流し、リフレッシュして再出発。さっぱりしました。
メタセコイア並木を目指してしばらく歩くと、丘の間に琵琶湖が姿を見せてくれました。
湖畔から以外に近い。
メタセコイア並木の終点から並木を撮る人が結構いました。
直線距離で2kmほど続きます。
この道をオープンカーで走ると気持ち良いに違いない。
丁度、中間にあたる場所に駐車場やカフェなどがあり、撮影スポットにもなっていました。ここからバスでマキノ駅まで戻ると時間的に丁度よいのですが、15分ほど待たねばなりません。
のんきに薪などを売っている人の良さそうなおじさんがいました。
これで食べていけるのか、と聞いてみると、なかなかとの答え。
自宅の暖炉用に山から伐り出してきたら多すぎて売っているのだと。
やはり良い身分なのだ。琵琶湖一周の話しが弾み、ママチャリで走った話しなど伺った。
手を振るおじさんに見送られて車中の人となった。
歩行数約22000歩













