3月29日 晴天!!


3月も終わりになり、先週末に 夏時間に変わり、日本との時差は7時間になりました。


日差しが暖かな、晴天ですがすがしいので ニュースにかじりつくのをちょっと お休みして

のどかなビクトアリエンマルクトに散歩に行きました。

チューリップや すいれんや ヒヤシンスの球根とか、春らんまん!でした。


4月のイースターに向けて ウサギや 卵の飾りが売っていました。

卵の殻に描かれた絵があまりに巧妙なので 思わず、ぼんやり。。春の日差しの中、果てしなく、

ぼんやりしてしまいました。


ジューススタンドで しぼりたての木イチゴとバナナとマンゴの微妙な組み合わせのジュース 2.50ユーロ。

ビタミンが浸み込むようで 。。さぁ、元気になろう! という、ある春の午後でした。


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3月20日 日曜日 晴天


ミュンヘンでの 4年間の駐在を終えて 田村 圭さんと 由佳さんが 日本に帰国することになりました。


田村さんは 「田村電機」と呼ばれるくらい、駐在の人達の電気製品(特にPC)の問題を解決してくれました。

また、彼は車好きは ドイツ人同僚たちにも 知られていて 今回のお別れにプレゼントも 車のおもちゃキットだったそうです。(最期に ポルシェをレンタルしてアウトバーンを走りたかったそうですが、タイムリミットでした)


奥さまの由佳さんはひとなっつこく、英語やケーキ作りを習いに行ったり、彼女の作るテディベアはかなりのものです。 ミュンヘンでもたくさんのお友達を作り、おそらく、だんな様よりミュンヘン生活を謳歌したようです。

そして ふたりに欠かせないのが、ダックスフンドの「チョコ」くん。彼の思慮深いまなざしで ふたりにおともしていろんな国を 旅して さぞかし 見識を広めた事と思います 。


いろんな想いを抱えての日本帰国となりました。 

今回の地震の経緯から ルフトハンザは成田空港発着を回避しているために ソウル経由関西空港行きとなり、

引っ越しの終わった後に ドイツ人の同僚のプレゼントが大きな箱だったこと、 そして 「チョコ」の同行などの

難問を なんとか、突破して チェックイン。

見送りは 黒河内さん、四方田さん家族、轟原さん夫妻、下平さん、三好さん家族と私の 13人ですが、

最期のドイツ料理と ビールで乾杯。


お別れは見送る人も見送られる人も 言葉に出せないいろんな想いを秘めて 記念撮影。

空港のお別れは辛いですね。


がんばれ~~


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ドイツでも テレビやラジオのニュースの一報に日本の状況が報道され、NHKのニュースが長時間流されて津波や地震、そして避難所の状況など 細かに伝えられています。

そして こんな大変な状況でも キチンと並んで待ったり、いたわり合っている、日本人の冷静な態度や 礼儀正しさに敬服されています。

ドイツだったら 自分のことを先にしようという人達で 混乱や喧嘩が起きるだろうと言ってました。


また、ドイツの報道では 行方不明者も死者の数として報道してました。日本人は別々に報道しますが、それは最期までの希望を失わず、また、ご家族の方たちへの配慮でもあるのですが、。。

こちらの放送での 福島の原子力発電所の事故の説明は 日本の説明より かなり 深刻な、悲観的な内容になっていました。

ドイツは天災も少なく、打たれ弱いので こういう状況になったら 大半の人が 悲観的になり、あきらめ、立ち尽くしているだけかもと ドイツ人が言ってました。

2か月ほど前から ドイツでは原子力発電を反対するデモなどが、激しくなっていた矢先で原子力についてのリスクが多く語られていた矢先だったので 今回の原発の事故は ドイツ人にとっては身近にも感じ、また、さらに

震撼させたように思います。

1986年に起きた、チェリノブイリの原発の事故の時に ミュンヘンに放射能が風にのって ミュンヘン市内に降り注いたので 後に 野菜、牛乳など、捨てたり、また 公演の砂場の砂はすべて 廃棄されました。 そう言う経験をしているので ミュンヘンの人は原発事故にとても敏感でもあります。


今日も数人の人に 地震、津波だけでなく、原発の事故も重なり、あまりにひどすぎると 心から 日本での惨事のお悔やみと励ましの言葉をもらいました。


今日もサッカーの試合の初めに福島の地震で亡くなられた方たちへのお悔やみの言葉が流れました。


ミュンヘンから皆様の無事を祈ってます。

日本がんばれ!