吉本隆明の183講演(要検索)の一つ『親鸞の造悪論』に対して、批判を続けます。
吉本がこの講演において披瀝している内容は、吉本の「知識の対象界」であって、吉本によって知られた世界、吉本によって描かれた世界、すなわち吉本の「客観界」「色の世界」ということになります。そして、吉本はこの自らが認識した「色の世界」の中に住んでいると錯覚しています。これを仏教では迷妄といいます。この仏教の迷妄と、吉本がこの講演で述べている迷妄とを比較すると、一体どちらが迷妄なのでしょうか。吉本が述べている迷妄は「迷妄のそのまた迷妄」ではないでしょうか。人はそれぞれの知識によってそれぞれの世界を描くもので、人間に個性がある以上、各々が描いた各々の絵が一致することはありません。結果、争いが絶えないということになります。従って、仏教は人間の知すなわち「人知」そのものを否定することになります。私たちは皆、この世界は唯一であって、この世界の中で生きていると思い込んでいますが、これこそ迷妄なのです。世界人口70億人として、70億の世界があるのです。私たちが死ねば、私たちが描いた世界も消滅するのです。勿論、人間の「認識の形式」は人類普遍ですから、全く別々の70億の世界があるというのではなく、重なっている部分があることは言うまでもありません。しかし、重なっていない部分こそが個性と言うことになります。
親鸞は比叡山での20年間、自らの「人知」を頼りに仏典の解読に全力を尽くしたはずです。しかし悟りを得ることなく、失意のうちに下山した直後に悟りを得て、気がついたことは、「捨てるべき人知」を頼りに20年もの歳月を費やしたという事実に愕然としたはずです。そこで、自らに付した名前が『愚禿(はげあたま)』だった筈です。
親鸞の主著は『教行信証』ですが、他の宗派は「教行証」なのに、親鸞はなぜ『信』の一字を挿入したのでしょうか。私たちが物事を信じるとき、そこには既に「人知」はありません、信は「人知を排除」しているのです。知を排除された私たちは残る「情」と「意」をもって信仰の世界に入ることになります。
「善人なおもて往生をとぐ,いはんや悪人をや」という『悪人正機説』は決して「人知」をもってしては解けないのです、「人知」を拒んでいるのです。
これは親鸞の「仕掛」なのです。しかし、「人知」より高次の知である「般若」によって解くことが出来ます。(悟りの証明(38)参照)
「無知の知」は「自然(じねん)の知」ですから、誰にでも具わっていて常にハタライテいるのですが、この「無知の知」を意識上に持ち来たって活用するには「般若」、すなわち「知るものが知られるものであり、知られるものが知るものである」という自己同一知が必要になります。そして、この「般若」によって、はじめて「動的・具体的・全体」としての「現実」「事実」「実在」を知ることが出来るようになります。
(つづく)
吉本隆明の183講演(要検索)の一つ『親鸞の造悪論』に対して、批判を続けます。
「それから、宗教思想の迷妄な部分は、かならず、理念的になっています。ようするに、なにかイデオロギーになって出てきてしまいます。つまり、それが、現在における、現実の社会を超えようとする場合に、あるいは、現実社会より、すこしでもいい社会とか、いい条件っていうのはつくれるかってことを、心の中で考えているひとたちが、左翼思想になったり、それから、宗教思想になったりするとすれば、かならず、その迷妄な部分は、宗教性としてあらわれるか、イデオロギーとしてあらわれて、自分が自分のなかで固執して、おれは信念を持っているとか、信念を持ったマルクス主義者だと言いながら、おまえの信念っていうのは、ただ信仰しているってだけじゃないかっていうふうになっちゃう、それは、世界のいかなる大インテリといえども、やっぱり、そこのところはまぬがれていません。つまり、完全にそれをまぬがれている理念もなければ、そういう宗教もありません。それが、世界における現在の思想の段階であるってことは確実だと思います。つまり、本来的に、そういう迷妄さが、理念、イデオロギー、それから宗教から、迷妄さがなくなったとしたならば、いわゆる宗派性、あるいは、党派性っていうものは消えていくわけですけど、それは、残念ですけど、いまの段階では、その迷妄さっていうのは、どちらのかたちをとろうと、宗教のかたちをとろうと、理念のかたちをとろうと、かならず、その迷妄さを抱え込んでしまうっていうのが、世界の現在の現状だと思います。」
これがファッションに憂き身をやつした吉本の実感なのでしょう。これが仏教までもファッションにしてしまった吉本の不幸というものでしょう。晩年になって親鸞の研究に打ち込んだにもかかわらず、親鸞を理解することなく逝った吉本の不幸が正にここにあります。「南無阿弥陀仏・南無阿弥陀仏」。この吉本の不幸は何に由来するのか、答えは唯一「吉本は主知主義者」であったということです、吉本は「主体なき理性(三島由紀夫の表現)」であったということです。吉本は人間の知というものを過信し、客観視することが出来なかったのです、つまり吉本にとっては「知が信仰」であり、「知が神」になってしまったのです。これは何も吉本一人の問題ではなく、現代社会が抱える最大の問題なのです。「知の情意に対する越権」、本来豊かな人間性を「知の牢獄」閉じ込めようとする全世界的な傾向なのです。
吉本は倫理を知によって解釈しようとしていますが、倫理は知に属するものではなく、意(意志=行為=実践)と情に属するものです、つまり「三昧に属する」ものです。吉本のような人間は「これは善いことだからやろう」「あれは悪いことだからやるべきではない」といって、知で意を制御しようとするタイプです。しかし、「思いやり」のある人は善いとか悪いとかの知的判断で行為するのではありません。「思いやり」とは無我で他者に思いをやり、無我で他者に感情移入出来る人です。つまり「思いをやる」ということは「三昧」ということなのです。
(つづく)
「それから、宗教思想の迷妄な部分は、かならず、理念的になっています。ようするに、なにかイデオロギーになって出てきてしまいます。つまり、それが、現在における、現実の社会を超えようとする場合に、あるいは、現実社会より、すこしでもいい社会とか、いい条件っていうのはつくれるかってことを、心の中で考えているひとたちが、左翼思想になったり、それから、宗教思想になったりするとすれば、かならず、その迷妄な部分は、宗教性としてあらわれるか、イデオロギーとしてあらわれて、自分が自分のなかで固執して、おれは信念を持っているとか、信念を持ったマルクス主義者だと言いながら、おまえの信念っていうのは、ただ信仰しているってだけじゃないかっていうふうになっちゃう、それは、世界のいかなる大インテリといえども、やっぱり、そこのところはまぬがれていません。つまり、完全にそれをまぬがれている理念もなければ、そういう宗教もありません。それが、世界における現在の思想の段階であるってことは確実だと思います。つまり、本来的に、そういう迷妄さが、理念、イデオロギー、それから宗教から、迷妄さがなくなったとしたならば、いわゆる宗派性、あるいは、党派性っていうものは消えていくわけですけど、それは、残念ですけど、いまの段階では、その迷妄さっていうのは、どちらのかたちをとろうと、宗教のかたちをとろうと、理念のかたちをとろうと、かならず、その迷妄さを抱え込んでしまうっていうのが、世界の現在の現状だと思います。」
これがファッションに憂き身をやつした吉本の実感なのでしょう。これが仏教までもファッションにしてしまった吉本の不幸というものでしょう。晩年になって親鸞の研究に打ち込んだにもかかわらず、親鸞を理解することなく逝った吉本の不幸が正にここにあります。「南無阿弥陀仏・南無阿弥陀仏」。この吉本の不幸は何に由来するのか、答えは唯一「吉本は主知主義者」であったということです、吉本は「主体なき理性(三島由紀夫の表現)」であったということです。吉本は人間の知というものを過信し、客観視することが出来なかったのです、つまり吉本にとっては「知が信仰」であり、「知が神」になってしまったのです。これは何も吉本一人の問題ではなく、現代社会が抱える最大の問題なのです。「知の情意に対する越権」、本来豊かな人間性を「知の牢獄」閉じ込めようとする全世界的な傾向なのです。
吉本は倫理を知によって解釈しようとしていますが、倫理は知に属するものではなく、意(意志=行為=実践)と情に属するものです、つまり「三昧に属する」ものです。吉本のような人間は「これは善いことだからやろう」「あれは悪いことだからやるべきではない」といって、知で意を制御しようとするタイプです。しかし、「思いやり」のある人は善いとか悪いとかの知的判断で行為するのではありません。「思いやり」とは無我で他者に思いをやり、無我で他者に感情移入出来る人です。つまり「思いをやる」ということは「三昧」ということなのです。
(つづく)
「悟らずして仏教を語ることなかれ」に反して、仏教を語った吉本隆明の「愚の思想」を分析してみることも一興であり、仏教を深く知る上でも意義あることと思います。
吉本隆明の183講演(要検索)というものがあり、その中に『親鸞の造悪論』があります。
「(前略)オウム・サリン事件で僕なりにいろんなことを考えました。親鸞が「善人なほもて往生をとぐ、いはんや悪人をや」といっているのは一種の逆説で、逆説のほうが通りやすいといいますか、持続しやすいということがあって、どんどん突き進んでいったというふうに僕は考えてきていました。ところが、親鸞はもしかすると、いまのオウム・サリン事件みたいな問題に現実に直面して、これを肯定していいんだろうか、よくないんだろうか、と本気になって考えさせられたあげくに、「造悪」、悪を進んで造る「極悪深重の輩」を自分の「善悪」観のなかに包括できるという確信を持てるようになるまで考え抜いて、それで「善人なほもて往生をとぐ、いはんや悪人をや」ということをいったんだ、と僕は考えてみました。(後略)」
親鸞に「善悪」観などというものがある筈がありません。「三昧の世界」「仏の世界」「無我の世界」「一次的意識の世界」に善悪などというものはありません。絶対無の浄土に道徳などというものはないのです。
「(前略)そういうことで、自分は律令制が決めた僧尼令の埒外に追い出されるわけです。また、僧侶として解決しなかったという意味で、非僧非俗、つまり、僧でもなく、俗でもないっていうのが、自分の信条だって自分を規定しまして、それから、いわゆる出家っていいますか、出家主義っていうのを否定しまして、それから、先ほどいいましたように、寺院っていうのを設けるっていうのも否定しました。それから、お寺の仏像を備えるってことも否定します。それから、経文を読むってことも否定します。(後略)」
親鸞の「非僧非俗」は「無所住心」ということで、僧にも俗にも「とどまらない」という意味です。無我のハタラキは何処にもとどまることはありません、とどまったらハタラキは失せてしまいます。出家であろうが在家であろうが悟道(悟りを得る道)には関係ありません。寺院や仏像や経文等の否定は親鸞に始まったことではありません。仏教の本来は本尊たる仏像すらもなかったのです。仏教の堕落は、ガンダーラ地方でギリシアの影響を受けて仏像を建立したことに始まります。それ以前は、仏陀のシンボルとして仏足石や法輪があっただけです。無我のハタラキは見えないものであり、見えてはならないものです。古仏達は寒さをしのぐために、木造の仏像を燃やして暖をとり、経典をデイッシュ替わりに使っていた事もあったのです。経文は読むものではありません。経文は「口から出まかせ」でなくてはなりません。経文は「意識」して読むものではありません。経文はすべて暗記し、「無意識の意識」「無作の作」で唱えるものです、「無意識の意識」を意識して、「自然の意識」である「無意識の意識」を活用する「使然」でなくてはならないのです。
「これから何が推理するかっていいますと、ようするに、親鸞の教義の場合には、親鸞の考え方の場合には、浄土真宗とは何かっていったら、第十八願である信仰をもっぱらいって、念仏称号、つまり、南無阿弥陀仏っていうのを唱えれば、かならず往生できるっていう教義なわけですけど、その場合に、なんら前提をもうけずに、そういうことをはっきりと言っているわけです。」
浄土系以外の仏教では「教行証」を宗としますが、親鸞の浄土真宗では「教行信証」で、「信」が肝になっています。何故「信」なのか。私たちが何かを信じたとき、そこには何ら思惟の入り込む余地はありません。つまり、親鸞の「信」は「人間意識」「二次的意識」を封じて、一気に「仏の意識」「三昧の意識」「一次的意識」に導くという、「信」をもって「易行」となすという意味が込められています。従って、「南無阿弥陀仏」の称名には何ら意味があってはならず、「無意味の意味」「義なきを義」とするものでなくてはなりません。念仏称名のとき、そこには「無分別の分別」「無知の知」「無意味の意味」「義なき義」「無作の作」が現成して、「仏の世界」が開示されると言うことになります。
「ぼくは、現在の問題で不可解だと思うのは、現在、オウム真理教の問題が出たってことで、この場合、いってみれば、これを単に法律的な刑罰の問題にゆだねてしまうってことは、仏教としては死んだってことを意味します。つまり、それくらい重要な、信仰、不信ってことについては、重要な問題を提起しているわけです。
だから、これに対して、文句があったり、否定的な意思があったりするならば、浄土真宗の教団は、教団としても、それから、個々の僧侶としても、これを徹底的に否定するとか、批判するとかってことをやったらいいんですけど、そんなやつはひとりもいないわけです。浄土真宗の教団にはひとりもいません。ただ、現在の市民社会における善悪の常識、つまり、法律の常識のあとにしたがって、それに遠慮しながら、あれは仏教じゃないので、悪の宗教で、あれが悪だからといって宗教法を改定するのはおかしいみたいな言い方をことごとくやっています。」
この「仏教業界」批判は至当だと思います。オウム事件は日本の倫理の根底を揺るがす大事件だったにもかかわらす、仏教業界からは殆ど確たる見解が示されなかったというのは事実です。見解が示されなかったというより、示すことが「出来なかった」というのが実情だったのでしょう。仏教界としては、この事件を機に、仏教の存在意義を示す好機であったにもかかわらず、それが出来ず、却って吉本のような「主体なき理性」「主知主義者」の批判を甘受しなければならないとは、無様としか言い様がありません。
しかし「徹底的に否定するとか批判するとかってことをやったらいいんですけど、そんなやつはひとりもいないわけです。」というのは嘘で、ある本を出版した名も知れぬ者がいたし、その本を真剣に読んだ人々がいたというのは確かな事実なのです。
「つまり、慈悲っていうことを抜かしたら、そんなのは宗教でもないし、仏教ではないっていうくらい重要な概念です。浄土真宗でも重要な概念ですけど、どこの宗派でも、仏教である限りは、慈悲っていうことは、非常に重要な概念になります。
それだけど、ちっとも、オウム真理教の善悪くらいの問題だったらば、自分たちがそれを包み込んでいけるっていう、包み込んでなおかつ、善悪の問題、それから、信仰の問題を提起できるっていうような、そういう坊さんが一人ぐらいいてもいいんだけど、そんなのいないわけです。」
誰でもが、今現在も体験しつつある三昧においては、善も悪もない、つまり人間の道徳を超越して、しかも道徳を抱擁しているということがわかれば、オウム信者達も救われる筈です。罪の重さに苦しめば苦しむほど、それに比例して阿弥陀仏に摂取されて、その暖かい懐に抱かれているという実感が湧いてくる筈です(尤もこの道理を真に理解(体得)することは容易ではありませんが)。罪の意識に苛まれるオウム信者達は悟りを得るための十分な資格を得ているのです。ほんのちょっとだけ彼らを揺すぶってやれば悟りは必定なのです。
(つづく)
吉本隆明の183講演(要検索)というものがあり、その中に『親鸞の造悪論』があります。
「(前略)オウム・サリン事件で僕なりにいろんなことを考えました。親鸞が「善人なほもて往生をとぐ、いはんや悪人をや」といっているのは一種の逆説で、逆説のほうが通りやすいといいますか、持続しやすいということがあって、どんどん突き進んでいったというふうに僕は考えてきていました。ところが、親鸞はもしかすると、いまのオウム・サリン事件みたいな問題に現実に直面して、これを肯定していいんだろうか、よくないんだろうか、と本気になって考えさせられたあげくに、「造悪」、悪を進んで造る「極悪深重の輩」を自分の「善悪」観のなかに包括できるという確信を持てるようになるまで考え抜いて、それで「善人なほもて往生をとぐ、いはんや悪人をや」ということをいったんだ、と僕は考えてみました。(後略)」
親鸞に「善悪」観などというものがある筈がありません。「三昧の世界」「仏の世界」「無我の世界」「一次的意識の世界」に善悪などというものはありません。絶対無の浄土に道徳などというものはないのです。
「(前略)そういうことで、自分は律令制が決めた僧尼令の埒外に追い出されるわけです。また、僧侶として解決しなかったという意味で、非僧非俗、つまり、僧でもなく、俗でもないっていうのが、自分の信条だって自分を規定しまして、それから、いわゆる出家っていいますか、出家主義っていうのを否定しまして、それから、先ほどいいましたように、寺院っていうのを設けるっていうのも否定しました。それから、お寺の仏像を備えるってことも否定します。それから、経文を読むってことも否定します。(後略)」
親鸞の「非僧非俗」は「無所住心」ということで、僧にも俗にも「とどまらない」という意味です。無我のハタラキは何処にもとどまることはありません、とどまったらハタラキは失せてしまいます。出家であろうが在家であろうが悟道(悟りを得る道)には関係ありません。寺院や仏像や経文等の否定は親鸞に始まったことではありません。仏教の本来は本尊たる仏像すらもなかったのです。仏教の堕落は、ガンダーラ地方でギリシアの影響を受けて仏像を建立したことに始まります。それ以前は、仏陀のシンボルとして仏足石や法輪があっただけです。無我のハタラキは見えないものであり、見えてはならないものです。古仏達は寒さをしのぐために、木造の仏像を燃やして暖をとり、経典をデイッシュ替わりに使っていた事もあったのです。経文は読むものではありません。経文は「口から出まかせ」でなくてはなりません。経文は「意識」して読むものではありません。経文はすべて暗記し、「無意識の意識」「無作の作」で唱えるものです、「無意識の意識」を意識して、「自然の意識」である「無意識の意識」を活用する「使然」でなくてはならないのです。
「これから何が推理するかっていいますと、ようするに、親鸞の教義の場合には、親鸞の考え方の場合には、浄土真宗とは何かっていったら、第十八願である信仰をもっぱらいって、念仏称号、つまり、南無阿弥陀仏っていうのを唱えれば、かならず往生できるっていう教義なわけですけど、その場合に、なんら前提をもうけずに、そういうことをはっきりと言っているわけです。」
浄土系以外の仏教では「教行証」を宗としますが、親鸞の浄土真宗では「教行信証」で、「信」が肝になっています。何故「信」なのか。私たちが何かを信じたとき、そこには何ら思惟の入り込む余地はありません。つまり、親鸞の「信」は「人間意識」「二次的意識」を封じて、一気に「仏の意識」「三昧の意識」「一次的意識」に導くという、「信」をもって「易行」となすという意味が込められています。従って、「南無阿弥陀仏」の称名には何ら意味があってはならず、「無意味の意味」「義なきを義」とするものでなくてはなりません。念仏称名のとき、そこには「無分別の分別」「無知の知」「無意味の意味」「義なき義」「無作の作」が現成して、「仏の世界」が開示されると言うことになります。
「ぼくは、現在の問題で不可解だと思うのは、現在、オウム真理教の問題が出たってことで、この場合、いってみれば、これを単に法律的な刑罰の問題にゆだねてしまうってことは、仏教としては死んだってことを意味します。つまり、それくらい重要な、信仰、不信ってことについては、重要な問題を提起しているわけです。
だから、これに対して、文句があったり、否定的な意思があったりするならば、浄土真宗の教団は、教団としても、それから、個々の僧侶としても、これを徹底的に否定するとか、批判するとかってことをやったらいいんですけど、そんなやつはひとりもいないわけです。浄土真宗の教団にはひとりもいません。ただ、現在の市民社会における善悪の常識、つまり、法律の常識のあとにしたがって、それに遠慮しながら、あれは仏教じゃないので、悪の宗教で、あれが悪だからといって宗教法を改定するのはおかしいみたいな言い方をことごとくやっています。」
この「仏教業界」批判は至当だと思います。オウム事件は日本の倫理の根底を揺るがす大事件だったにもかかわらす、仏教業界からは殆ど確たる見解が示されなかったというのは事実です。見解が示されなかったというより、示すことが「出来なかった」というのが実情だったのでしょう。仏教界としては、この事件を機に、仏教の存在意義を示す好機であったにもかかわらず、それが出来ず、却って吉本のような「主体なき理性」「主知主義者」の批判を甘受しなければならないとは、無様としか言い様がありません。
しかし「徹底的に否定するとか批判するとかってことをやったらいいんですけど、そんなやつはひとりもいないわけです。」というのは嘘で、ある本を出版した名も知れぬ者がいたし、その本を真剣に読んだ人々がいたというのは確かな事実なのです。
「つまり、慈悲っていうことを抜かしたら、そんなのは宗教でもないし、仏教ではないっていうくらい重要な概念です。浄土真宗でも重要な概念ですけど、どこの宗派でも、仏教である限りは、慈悲っていうことは、非常に重要な概念になります。
それだけど、ちっとも、オウム真理教の善悪くらいの問題だったらば、自分たちがそれを包み込んでいけるっていう、包み込んでなおかつ、善悪の問題、それから、信仰の問題を提起できるっていうような、そういう坊さんが一人ぐらいいてもいいんだけど、そんなのいないわけです。」
誰でもが、今現在も体験しつつある三昧においては、善も悪もない、つまり人間の道徳を超越して、しかも道徳を抱擁しているということがわかれば、オウム信者達も救われる筈です。罪の重さに苦しめば苦しむほど、それに比例して阿弥陀仏に摂取されて、その暖かい懐に抱かれているという実感が湧いてくる筈です(尤もこの道理を真に理解(体得)することは容易ではありませんが)。罪の意識に苛まれるオウム信者達は悟りを得るための十分な資格を得ているのです。ほんのちょっとだけ彼らを揺すぶってやれば悟りは必定なのです。
(つづく)
私たちの「普段の意識」「二次的意識」「人間意識」「人為の意識」に対して、「三昧の意識」「一次的意識」「仏の意識」「自然の意識」が対立します。仏教の要諦は、三昧の立場に立ち、三昧においてハタライテイル「自然(じねん)の意識」「無意識の意識」「無分別の分別」「無知の知」「無作の作」「無為の為」を『意識して活用する』こと、すなわち『使然』というところにあります。この認識に基づいて、仏教の倫理について考えてみます。
『諸悪莫作 衆善奉行』
これを表面的に解釈すれば「諸々の悪をなさず、諸々の善いことを行いなさい」ということになり、そのまんまで面白くありません。そこでもう少し踏み込んで考えてみると、「莫」と「奉」、「作」と「行」の微妙な使い分けに気付きます。「莫」とは「なかれ(禁止の助字)」で、単なる否定ですが、「奉」とは目上や上位に対して「ささげる、たてまつる」という意味があります。また「作」は人為的な「作為」を意味する一方、「行」とは単に「行う」という意味を超えて「仏の行」「行仏」と解することが出来ます。このように解することで、
「諸悪は作為であるから作(な)してはならない、諸善は行仏であるから行じ奉れ」
要するに、この至言は、二次的意識=人間意識の否定、一次的意識=仏の意識の肯定ということになり、単に所謂道徳を説いているだけではなく、仏教を説いていることがわかります。
『善人なおもて往生をとぐ,いはんや悪人をや』
この『悪人正機説』も単に道徳を説いているのではありません。これを「浄土教的」に解釈すると、
善人は善行を積んでいるという自負があり、そのことで自らを肯定し、かえって「我に執着」します。一方、悪人は自らが犯した罪に苛まれ、それでも生きる為には「我を否定」する以外に残された道はありません。従って、悪人の方が「無我の世界(浄土)」へ渡る契機(救済)が得られる。
また、この『悪人正機説』を禅的に解釈すると、「無分別の分別」「無知の知」の提示と解することが出来ます。禅では「橋は流れて川は流れず」「青山水上行」等といって全く常識外れの「無分別の分別」を敢えて提示し、分別によって成り立っている「人間意識」を否定し、衝撃を与えて、「仏の意識」に導こうとします。従って、『悪人正機説』は「無分別の分別」の提示と解釈することも出来ます。
いずれにしても、仏教の教説を解くには、解く側の悟りの有無が問われます。
(つづく)
『諸悪莫作 衆善奉行』
これを表面的に解釈すれば「諸々の悪をなさず、諸々の善いことを行いなさい」ということになり、そのまんまで面白くありません。そこでもう少し踏み込んで考えてみると、「莫」と「奉」、「作」と「行」の微妙な使い分けに気付きます。「莫」とは「なかれ(禁止の助字)」で、単なる否定ですが、「奉」とは目上や上位に対して「ささげる、たてまつる」という意味があります。また「作」は人為的な「作為」を意味する一方、「行」とは単に「行う」という意味を超えて「仏の行」「行仏」と解することが出来ます。このように解することで、
「諸悪は作為であるから作(な)してはならない、諸善は行仏であるから行じ奉れ」
要するに、この至言は、二次的意識=人間意識の否定、一次的意識=仏の意識の肯定ということになり、単に所謂道徳を説いているだけではなく、仏教を説いていることがわかります。
『善人なおもて往生をとぐ,いはんや悪人をや』
この『悪人正機説』も単に道徳を説いているのではありません。これを「浄土教的」に解釈すると、
善人は善行を積んでいるという自負があり、そのことで自らを肯定し、かえって「我に執着」します。一方、悪人は自らが犯した罪に苛まれ、それでも生きる為には「我を否定」する以外に残された道はありません。従って、悪人の方が「無我の世界(浄土)」へ渡る契機(救済)が得られる。
また、この『悪人正機説』を禅的に解釈すると、「無分別の分別」「無知の知」の提示と解することが出来ます。禅では「橋は流れて川は流れず」「青山水上行」等といって全く常識外れの「無分別の分別」を敢えて提示し、分別によって成り立っている「人間意識」を否定し、衝撃を与えて、「仏の意識」に導こうとします。従って、『悪人正機説』は「無分別の分別」の提示と解釈することも出来ます。
いずれにしても、仏教の教説を解くには、解く側の悟りの有無が問われます。
(つづく)
公案に『風性常住無處不周』(風性は常住にして処として周らざる無なし)
というのがあります。これは宝徹禅師と一僧との問答に由来します。
宝徹禅師が暑気払いに扇を使っていると、ある僧がやって来て、
一僧「仏教では『風性常住無處不周』といっていますが、和尚は何故ことさ
らに扇を使うのですか」
宝徹「お前は『風性常住』ということは知っているようだが、『無処不周』という
道理が解っていない」
一僧「それでは『無処不周』とはどういう意味ですか」
宝徹は何も言わずに、ただ扇を使っているだけだった。
この一僧はなかなかの痴れ者で、この問の本意は「風性」に引っかけて、実は、「仏性」について次のような批判をしているのです。
仏教では、人間は生まれながらに誰でも仏性を有しているから、その身そのままで仏なのだと説いていますが、それならばなぜ、「悟りだ、悟りだ」といって、悟りを求めて厳しい修行をしているのか。
一僧のこの問は、まさに仏教の根本にかかわる問なのです。この問に対し宝徹は「風は扇を『使う』ことによって『風たらしめる』ものだ」、「仏性は『使う』ことによって『仏性たらしめる』ものだ」と明確に「直指」しているのです。
人間だけではなく動物にも「仏性」すなわち「無我のハタラキ」はあります、「無意識の意識作用」はあります。しかし、人間は我がある故に、「意識作用」となり、「無意識の意識作用」を意識できません。従って修行の初歩は、先ず、三昧において自ずと、「自然(じねん≠しぜん)」に、あるがままにハタライテイル「無我のハタラキ」を証することが必要になります。「無我のハタラキ」を証するには「ハタラキがハタラキ自身を自知する」という自己同一知すなわち「般若」が必要となり、悟りが必要となります。そして更に、「無我のハタラキ」を「意識」した上で、「無我のハタラキ」「無意識の意識作用」を生かして使う、すなわち「活用する」という立場に立つことになります。これこそ正に仏教の究極の立場なのです。
自然(じねん≠しぜん)をただ自然と認識するにとどまらず「使然」という立場に立って、自然を使いこなすところに仏教の仏教たる所以があります。
人間には果たして「自由」というものがあるのか、という問は倫理上の根本問題です。もし私たちに自由がないということになると、私たちの一切の行為は自然必然の行為と言うことになって、いかなる悪行に対しても、その罪を問うことは出来ません。動物は、自然必然の法則に従って生きるのみで、罪もなく自由もありません。人間もまた動物である以上、自然必然の法則に従っている筈ですから自由があるとはいえません。この厳然たる事実を如何に乗り越えて「自由」を得るか、と言う問に対して、仏教が出した答えは『必然的自由』というものです。『必然的自由』とはまったく矛盾した概念ですが、その真意は、必然を必然として「使いこなす」ということです。要するに「自然」は『使然』とならねばならないということになります。
私たちには常に意識と交互に「無意識の意識」がハタライテいます、つまり、意識→無意識の意識→意識→無意識の意識というように「不連続の連続」としてハタライテいます。道元禅師はこの「無意識の意識」のことを「赤心」(赤裸々な意識)」といい、このように交互にハタラク「赤心」を「赤心片々」と表現し、また「前後際断」とも言っています。仏教では、この「片々」としてうごく赤心を意識上に持ち来たり、意識化して、「自由」に使いこなすことを『仏行』といい、略して『行』ともいいます。(つづく)
というのがあります。これは宝徹禅師と一僧との問答に由来します。
宝徹禅師が暑気払いに扇を使っていると、ある僧がやって来て、
一僧「仏教では『風性常住無處不周』といっていますが、和尚は何故ことさ
らに扇を使うのですか」
宝徹「お前は『風性常住』ということは知っているようだが、『無処不周』という
道理が解っていない」
一僧「それでは『無処不周』とはどういう意味ですか」
宝徹は何も言わずに、ただ扇を使っているだけだった。
この一僧はなかなかの痴れ者で、この問の本意は「風性」に引っかけて、実は、「仏性」について次のような批判をしているのです。
仏教では、人間は生まれながらに誰でも仏性を有しているから、その身そのままで仏なのだと説いていますが、それならばなぜ、「悟りだ、悟りだ」といって、悟りを求めて厳しい修行をしているのか。
一僧のこの問は、まさに仏教の根本にかかわる問なのです。この問に対し宝徹は「風は扇を『使う』ことによって『風たらしめる』ものだ」、「仏性は『使う』ことによって『仏性たらしめる』ものだ」と明確に「直指」しているのです。
人間だけではなく動物にも「仏性」すなわち「無我のハタラキ」はあります、「無意識の意識作用」はあります。しかし、人間は我がある故に、「意識作用」となり、「無意識の意識作用」を意識できません。従って修行の初歩は、先ず、三昧において自ずと、「自然(じねん≠しぜん)」に、あるがままにハタライテイル「無我のハタラキ」を証することが必要になります。「無我のハタラキ」を証するには「ハタラキがハタラキ自身を自知する」という自己同一知すなわち「般若」が必要となり、悟りが必要となります。そして更に、「無我のハタラキ」を「意識」した上で、「無我のハタラキ」「無意識の意識作用」を生かして使う、すなわち「活用する」という立場に立つことになります。これこそ正に仏教の究極の立場なのです。
自然(じねん≠しぜん)をただ自然と認識するにとどまらず「使然」という立場に立って、自然を使いこなすところに仏教の仏教たる所以があります。
人間には果たして「自由」というものがあるのか、という問は倫理上の根本問題です。もし私たちに自由がないということになると、私たちの一切の行為は自然必然の行為と言うことになって、いかなる悪行に対しても、その罪を問うことは出来ません。動物は、自然必然の法則に従って生きるのみで、罪もなく自由もありません。人間もまた動物である以上、自然必然の法則に従っている筈ですから自由があるとはいえません。この厳然たる事実を如何に乗り越えて「自由」を得るか、と言う問に対して、仏教が出した答えは『必然的自由』というものです。『必然的自由』とはまったく矛盾した概念ですが、その真意は、必然を必然として「使いこなす」ということです。要するに「自然」は『使然』とならねばならないということになります。
私たちには常に意識と交互に「無意識の意識」がハタライテいます、つまり、意識→無意識の意識→意識→無意識の意識というように「不連続の連続」としてハタライテいます。道元禅師はこの「無意識の意識」のことを「赤心」(赤裸々な意識)」といい、このように交互にハタラク「赤心」を「赤心片々」と表現し、また「前後際断」とも言っています。仏教では、この「片々」としてうごく赤心を意識上に持ち来たり、意識化して、「自由」に使いこなすことを『仏行』といい、略して『行』ともいいます。(つづく)
大燈国師(鎌倉時代の禅僧)にまつわる有名な小話があります。
ある役人がまっか瓜(国師の好物)を渡そうとして、国師に向かって「無手で受け取れ」と言ったのに対して、国師は「無手で渡せ」と応じたと言うことです。この話は両者共に「覚者」ではないと成り立たない話なので、良く出来過ぎた作り話に違いありませんが、一体この小話は何を意味しているのでしょうか。
先にも幾度となく述べてきたように、三昧の世界(一次的意識の世界)は絶対無・「空」です。絶対無とは私たちが普段意識しているような色んな物事「色」がない、つまり「意識の対象がない」という意味ですが、「意識の作用」は厳然として存在しています。従って、三昧の世界には我もなく手もなく足もなく、あるのはただ「渡す」「受け取る」という「作用」つまり「ただハタラキ」だけがあります。
このように、仏教は何故「三昧」を強調するのでしょうか。二次的意識界の住人である私たちは無我のハタラキ=本性=仏性を知ることなく死んでいきます。私たちに与えられた奇跡の生を、二次的意識の根拠となっている一次的意識つまり三昧を知らずして死んでいくのは、あまりにもむなしい生としか言い様がありません。二次的意識の世界は、言語を論理的に駆使して構成された人為的で不自然な世界です。この世界は時間・空間・因果律によって支配されている「不自由な世界」です。カントは私たちに自由がなければ神も霊魂もあり得ないとして、自由を論理的に要請したに過ぎませんが、仏教は悟りという宗教体験によって、自由や神(仏)を実証しているのです。
一瞬の三昧において「鳥が飛んでいる事実」を直覚するとき、私たちは「このシーンのすべて」すなわち「動的・具体的・全体」である「事実」「現実」をつぶさに把握します。しかしその後、継起してくる二次的意識によって「鳥が飛んでいる」と主語と述語で、言語と論理によって、「人為的」に再構成して「静的・抽象的・部分」に転化しているのです。「鳥が飛んでいる」では満足できず、「二羽の黒い鳥が西に向かってゆっくりと飛んでいる」という風に、それぞれの単語に修飾語を加え、述語数を増やしていって、どこまで行っても、三昧で直覚した事実・現実認識にはとうてい及ばないのです。(つづく)
ある役人がまっか瓜(国師の好物)を渡そうとして、国師に向かって「無手で受け取れ」と言ったのに対して、国師は「無手で渡せ」と応じたと言うことです。この話は両者共に「覚者」ではないと成り立たない話なので、良く出来過ぎた作り話に違いありませんが、一体この小話は何を意味しているのでしょうか。
先にも幾度となく述べてきたように、三昧の世界(一次的意識の世界)は絶対無・「空」です。絶対無とは私たちが普段意識しているような色んな物事「色」がない、つまり「意識の対象がない」という意味ですが、「意識の作用」は厳然として存在しています。従って、三昧の世界には我もなく手もなく足もなく、あるのはただ「渡す」「受け取る」という「作用」つまり「ただハタラキ」だけがあります。
このように、仏教は何故「三昧」を強調するのでしょうか。二次的意識界の住人である私たちは無我のハタラキ=本性=仏性を知ることなく死んでいきます。私たちに与えられた奇跡の生を、二次的意識の根拠となっている一次的意識つまり三昧を知らずして死んでいくのは、あまりにもむなしい生としか言い様がありません。二次的意識の世界は、言語を論理的に駆使して構成された人為的で不自然な世界です。この世界は時間・空間・因果律によって支配されている「不自由な世界」です。カントは私たちに自由がなければ神も霊魂もあり得ないとして、自由を論理的に要請したに過ぎませんが、仏教は悟りという宗教体験によって、自由や神(仏)を実証しているのです。
一瞬の三昧において「鳥が飛んでいる事実」を直覚するとき、私たちは「このシーンのすべて」すなわち「動的・具体的・全体」である「事実」「現実」をつぶさに把握します。しかしその後、継起してくる二次的意識によって「鳥が飛んでいる」と主語と述語で、言語と論理によって、「人為的」に再構成して「静的・抽象的・部分」に転化しているのです。「鳥が飛んでいる」では満足できず、「二羽の黒い鳥が西に向かってゆっくりと飛んでいる」という風に、それぞれの単語に修飾語を加え、述語数を増やしていって、どこまで行っても、三昧で直覚した事実・現実認識にはとうてい及ばないのです。(つづく)
「山の中にいて山を見る(知る)」とは三昧(一次的意識)において三昧を見る(知る)ということで、「山を離れて山を見る(知る)」とは二次的意識において二次的意識を見る(知る)ということになります。三島由紀夫の絶妙の表現「主体なき客観性」とは、客観界に自ら(主体)を置いて客観界を見るという倒錯を意味しています。「主体」があるのは「意識作用界」=「主観界」=「空の世界」であって、「意識対象界」=「客観界」=「色の世界」にはありません。私たちは、生来、キャンバスにこの世界を描き続けますが、その過程で、自らもキャンバスに描き入れてしまうという倒錯に陥るのです。私たちの誰しもが陥る倒錯がここにあります。『般若心経』の「遠離一切顚倒夢想」は私たちをこの顚倒した世界から離脱することを説いているのです。
仏教を理解する上で最も重要なことは、「色→空→色即空」を明確に理解することです。
色=意識の対象界=客観界=有無の世界
空=意識の作用界=主観界=絶対無の世界
色即空=意識作用即意識対象界=主客未分界=三昧=絶対無即絶対有の世界
(つづく)
仏教を理解する上で最も重要なことは、「色→空→色即空」を明確に理解することです。
色=意識の対象界=客観界=有無の世界
空=意識の作用界=主観界=絶対無の世界
色即空=意識作用即意識対象界=主客未分界=三昧=絶対無即絶対有の世界
(つづく)
宇宙のハタラキ(力・エネルギー)は人間のハタラキ(生命力・精神力)として降臨(神人同性)するだけではなく、一切の物に降臨(神物同性)し、八百万の神々を現成させ、この宇宙・この世界を「ハタラキの世界」「生命の世界」に転じます。所謂自然は無意味な物質からハタラキ(エネルギー)に転じ動的世界・生命の世界すなわち『諸行無常』となります。
しかし、ここで述べている「ハタラキ」を「自観」することは容易なことではありません。
或る禅師は、弟子には何も教えず、来る日も来る日も、終日、庭前の石ころに向かって話をしていたということです。当然、弟子達は去り、訪れる修行僧もなく、寺は閑散としていました。ある日、一人の修行僧が訪れ、垣根越しに、禅師の石との会話の様子を見るやいなや、禅師に駆け寄り、弟子入りを請うたと言うことです。この時、修行僧は確かに「ハタラキ」を「自観」することが出来たのです、悟ったのです。修行僧は悟りを求めて諸国を彷徨い師に教えを請いますが、教えを学ぶということは「傍観」に過ぎません。何かを真に知ると言うことは「自観」すると言うことです。教えを請い、その結果、知れば知るほど「山から遠のく」すなわち『向かえば背く』という矛盾に生きなくてはならないのが修行僧であり、私たちです。それ故に、神道では「言挙げせぬ」といい、禅では「不立文字」といって、いずれも言語による知識を拒みます。
「不立文字」の後に「教外別伝 直指人心 見性成仏」と続きます。言葉(概念)では伝えられない、教としては教えられない「ハタラキ」そのものを、教えではない別の方法で、上記の師の石との会話のように直指することによって、性すなわち本性=「ハタラキ」=仏性を「自観」させ、仏と成らしめる、というのが禅の宗なのです。
「よく見れば薺花咲く垣根かな」 芭蕉
晩冬のある日、芭蕉は家を出た瞬間、降り注ぐ日差し(ハタラキ)の中に微かな春を感じ(ハタラキ)ました。芭蕉は、この春の感じは果たして確かなものかとその証を得るために、辺りを「よく見」ました。すると案の定、垣根のそばにぺんぺん草の可憐な花が咲いて(ハタラキ)いました。芭蕉は春の到来を確かなものにしたのです。芭蕉の春はぺんぺん草の春となり、生きとし生けるもの一切の春となり、世界は春の歓喜に満たされたのです。(つづく)
しかし、ここで述べている「ハタラキ」を「自観」することは容易なことではありません。
或る禅師は、弟子には何も教えず、来る日も来る日も、終日、庭前の石ころに向かって話をしていたということです。当然、弟子達は去り、訪れる修行僧もなく、寺は閑散としていました。ある日、一人の修行僧が訪れ、垣根越しに、禅師の石との会話の様子を見るやいなや、禅師に駆け寄り、弟子入りを請うたと言うことです。この時、修行僧は確かに「ハタラキ」を「自観」することが出来たのです、悟ったのです。修行僧は悟りを求めて諸国を彷徨い師に教えを請いますが、教えを学ぶということは「傍観」に過ぎません。何かを真に知ると言うことは「自観」すると言うことです。教えを請い、その結果、知れば知るほど「山から遠のく」すなわち『向かえば背く』という矛盾に生きなくてはならないのが修行僧であり、私たちです。それ故に、神道では「言挙げせぬ」といい、禅では「不立文字」といって、いずれも言語による知識を拒みます。
「不立文字」の後に「教外別伝 直指人心 見性成仏」と続きます。言葉(概念)では伝えられない、教としては教えられない「ハタラキ」そのものを、教えではない別の方法で、上記の師の石との会話のように直指することによって、性すなわち本性=「ハタラキ」=仏性を「自観」させ、仏と成らしめる、というのが禅の宗なのです。
「よく見れば薺花咲く垣根かな」 芭蕉
晩冬のある日、芭蕉は家を出た瞬間、降り注ぐ日差し(ハタラキ)の中に微かな春を感じ(ハタラキ)ました。芭蕉は、この春の感じは果たして確かなものかとその証を得るために、辺りを「よく見」ました。すると案の定、垣根のそばにぺんぺん草の可憐な花が咲いて(ハタラキ)いました。芭蕉は春の到来を確かなものにしたのです。芭蕉の春はぺんぺん草の春となり、生きとし生けるもの一切の春となり、世界は春の歓喜に満たされたのです。(つづく)
「一即多」すなわち宇宙のハタラキ(一)は私たちのハタラキ(多)として降臨してきます。西田幾多郎はこれを「私たちの人生とは宇宙精神を実験することである」と実感を込めて述べています。この宇宙精神とは宇宙のハタラキを意味しています、ハタラカない精神はあり得ません、精神は「精神力」と表現した方が適切です。精神力とはハタラキを主観的に表現したものです。仏道とは「ただハタラク」ことであり、さらに積極的に「ただハタラキをハタラキたらしめることです。所謂「行」とは「ただハタラキをハタラキたらしめる」ことです。仏道とは仏行に他なりません。「ハタラク」は「ただハタラク」でなくてはなりません、無我のハタラキでなくてはなりません、三昧におけるハタラキでなくてはなりません、「無作の作」でなくてはなりません、「ただ」とは「無我」ということです。先に述べたように、私たちの普段の意識である「二次的意識」すなわち「個多の意識」が働くと一次的意識(三昧)・全一は消滅してしまうのです、「のっぺらぼう(混沌)」の「全一」は個多の出現で消滅してしまうのです。私たちが二次的意識において知るということは連続的なものに切れ目を入れて分節し不連続にするということです、アナログをデジタル化すいるということです。私たちの普段の知は対象を必要とし、対象との関係を明らかにしようとする「関係知」です、従って必然的に知るものと知られるものの「二」=「二元」になり、二元は多元化していきます。「全一」は真っ二つに分裂し千々に分裂して個多になります。私たちは私たちの知=「理性」で全一を認識することが出来ないのです。山を見るには、山の中にいて山を見る見方と、山を出て山を俯瞰する見方との二様の見方があります。前者を「自観」といい後者を「傍観」といいます。真の山は「自観」によって把握されるものです。「全一」は自観すなわち自知・般若・自己同一知によってのみ知り得るものなので、理性によっては知り得ないのです。
三島由紀夫は日本文化を体現する作家・思想家として希有の存在でした。『文化防衛論』において次のような一文があります。
「又、文化は、ぎりぎりの形態においては、創造し保持し破壊するブラフマン・ヴィシュヌ・シヴァのヒンズー三神の三位一体のような主体性においてのみ発現するものである。これについて、かつて戦時中、丹羽文雄氏の『海戦』を批判して、海戦の最中これを記録するためにメモをとりつづけるよりも、むしろ弾丸運びを手つだったほうが真の文学者のとるべき態度だと言った蓮田義明氏の一見矯激な考えには、深く再考すべきものが含まれている。それが証拠に、戦後ただちに海軍の暴露的小説『篠竹』を書いた丹羽氏は当時の氏の本質は精巧なカメラであって、主体なき客観性に依拠していたことを自ら証明したからである。(後略)」(『文化防衛論』P47)
「海戦の最中これを記録するためにメモをとる」ということは山を離れ、飛翔して、山を「傍観」するということであり、「弾丸運びを手伝うと」いうことは山の中にいて山を「自観」するということです。海戦という「事実」「実在」を真に把握すすためには「自観」が必要なのです。「主体」とは知・情・意が三位一体となった「人格的行為」を意味し、「主体なき客観性」とは「情意が欠落した理性」の単なる「認識」を意味しています。真に物事を知るということは体験するということであり、体得するということです。
因みに、理性は自らの理想に現実を適合させようとしますが、意志は理想を自らの現実に適合させようとします。両者は全く逆のベクトルを持っています。左派は前者であり、右派は後者ということになります。三島の「主体なき客観性」とは無責任な左派を揶揄する意図が込められています。
全一なるものは「理性の認識」によっては知り得ないものです。「意志の行為」によって、行うことが知ること、作用が作用自身を内容として知ること、作用の作用、すなわち「行即知」として、『事行』(西田幾多郎)としてはじめて知ることが出来るのです。詰まるところは「ハタラキがハタラキ自身を知る」という自己同一知によってのみ全一を知り得ると言うことになります。
(つづく)
三島由紀夫は日本文化を体現する作家・思想家として希有の存在でした。『文化防衛論』において次のような一文があります。
「又、文化は、ぎりぎりの形態においては、創造し保持し破壊するブラフマン・ヴィシュヌ・シヴァのヒンズー三神の三位一体のような主体性においてのみ発現するものである。これについて、かつて戦時中、丹羽文雄氏の『海戦』を批判して、海戦の最中これを記録するためにメモをとりつづけるよりも、むしろ弾丸運びを手つだったほうが真の文学者のとるべき態度だと言った蓮田義明氏の一見矯激な考えには、深く再考すべきものが含まれている。それが証拠に、戦後ただちに海軍の暴露的小説『篠竹』を書いた丹羽氏は当時の氏の本質は精巧なカメラであって、主体なき客観性に依拠していたことを自ら証明したからである。(後略)」(『文化防衛論』P47)
「海戦の最中これを記録するためにメモをとる」ということは山を離れ、飛翔して、山を「傍観」するということであり、「弾丸運びを手伝うと」いうことは山の中にいて山を「自観」するということです。海戦という「事実」「実在」を真に把握すすためには「自観」が必要なのです。「主体」とは知・情・意が三位一体となった「人格的行為」を意味し、「主体なき客観性」とは「情意が欠落した理性」の単なる「認識」を意味しています。真に物事を知るということは体験するということであり、体得するということです。
因みに、理性は自らの理想に現実を適合させようとしますが、意志は理想を自らの現実に適合させようとします。両者は全く逆のベクトルを持っています。左派は前者であり、右派は後者ということになります。三島の「主体なき客観性」とは無責任な左派を揶揄する意図が込められています。
全一なるものは「理性の認識」によっては知り得ないものです。「意志の行為」によって、行うことが知ること、作用が作用自身を内容として知ること、作用の作用、すなわち「行即知」として、『事行』(西田幾多郎)としてはじめて知ることが出来るのです。詰まるところは「ハタラキがハタラキ自身を知る」という自己同一知によってのみ全一を知り得ると言うことになります。
(つづく)
宇宙のハタラキは人間のハタラキ、すなわち神のハタラキは人のハタラキとして「神人同性」というのが神道であり仏教です。嘗て、日本人であれば生きとし生けるものにはすべて神が宿ると無意識に意識するのが普通でしたが、欧米思想のコピペを専業とする知識人・言論人によて神・仏は抹殺されてきました。
「神人同性」とは「一即多」ということです。「一」とは「全一」「全体」を意味し、多とは「個多」「部分」を意味し、「一即多」とは一と多は矛盾しながら自己同一であるということを意味しています。この仏教の論理は「二者択二」を意味しますが、仏教以外の一般的な論理、特に西洋の論理では「二者択一」を意味します。
西洋の論理において、一と多の関係、全体と部分との関係は統一されることなく、全体論(ホリズム)VS還元論、目的論VS機械論といった不毛の「平行論」として発展してきました。
「一即多」を理解する上で次の『荘子』に出てくる「混沌王物語」は興味深いものがあります。
昔々、南海の王様と北海の王様と中央の王様がいて、ある時、中央の王様である混沌王の所に集まって、盛大な宴会を催しました。歓待を受けた北海の王と南海の王は深く感謝し、返礼をすることにしました。二人は思案の末、混沌王が「のっぺらぼう」であったために、人間のような七つの穴(眼・耳・鼻・口)を開けて、楽しんでもらおうと考えました。しかし、二人が七つの穴を開け終わるやいなや混沌王は死んでしまいました。
この物語は、「のっぺらぼう」の混沌すなわち「全一」(全体・連続・絶対無・空)は、七つの穴すなわち「個多」(部分・非連続・有無・色)を持ち込むことよって消滅してしまい、そのことによってまた七つの穴も滅してしまうということを示唆しているのです。全一なるものは個多の出現によって消滅し、やがて個多もまた消滅するということになります。結局、「全一」なるものは知り得ないということを意味しています。私たちが物事を普段の知である二次的意識の分別知・相対知で知ろうとするとき、知るものと知られるものとに分かれて「二」となり、結局全一なるものは知り得ないということになります。従って、全一を知ろうとしたら、どうしても一次的意識の三昧における般若・自知・自己同一知が必要になります。
普段の意識(知)ではどうしても「全一」なるものを意識(知る)ことはできず、「個多」のみを意識することになります。このことは私たちを決定的な誤謬にミスリードすることになります。例えば、民主主義といえば誰もが抗えないものになっていますが、このまま行けば人類の滅亡は避けられません。民主主義は人権を基礎にしており、この人権は「自然権」に由来します。自然権は、神が個々の人間に付与したとする考え(神が言ったのか?)と、人間の本性に由来する(人間の本性を見抜いているのか?)という考えがありますが、いずれにしても全一を無視した個多(個々人)は利己的存在となり、ホッブスの「万人の万人に対する闘争」は不可避となります。民主主義は、利己を利己と思っていない利己が蔓延し、言論の自由を謳歌して利己を主張し、利己と利己が衝突し、言論の暴力がやがて所謂暴力に発展し、殺し合うという筋道を辿ることになります。
因みに、「全一」の別名を「神」といい「仏」といいます。神と仏の関係はブラフマンとアートマンの関係と見るのが至当でしょう。
(つづく)
「神人同性」とは「一即多」ということです。「一」とは「全一」「全体」を意味し、多とは「個多」「部分」を意味し、「一即多」とは一と多は矛盾しながら自己同一であるということを意味しています。この仏教の論理は「二者択二」を意味しますが、仏教以外の一般的な論理、特に西洋の論理では「二者択一」を意味します。
西洋の論理において、一と多の関係、全体と部分との関係は統一されることなく、全体論(ホリズム)VS還元論、目的論VS機械論といった不毛の「平行論」として発展してきました。
「一即多」を理解する上で次の『荘子』に出てくる「混沌王物語」は興味深いものがあります。
昔々、南海の王様と北海の王様と中央の王様がいて、ある時、中央の王様である混沌王の所に集まって、盛大な宴会を催しました。歓待を受けた北海の王と南海の王は深く感謝し、返礼をすることにしました。二人は思案の末、混沌王が「のっぺらぼう」であったために、人間のような七つの穴(眼・耳・鼻・口)を開けて、楽しんでもらおうと考えました。しかし、二人が七つの穴を開け終わるやいなや混沌王は死んでしまいました。
この物語は、「のっぺらぼう」の混沌すなわち「全一」(全体・連続・絶対無・空)は、七つの穴すなわち「個多」(部分・非連続・有無・色)を持ち込むことよって消滅してしまい、そのことによってまた七つの穴も滅してしまうということを示唆しているのです。全一なるものは個多の出現によって消滅し、やがて個多もまた消滅するということになります。結局、「全一」なるものは知り得ないということを意味しています。私たちが物事を普段の知である二次的意識の分別知・相対知で知ろうとするとき、知るものと知られるものとに分かれて「二」となり、結局全一なるものは知り得ないということになります。従って、全一を知ろうとしたら、どうしても一次的意識の三昧における般若・自知・自己同一知が必要になります。
普段の意識(知)ではどうしても「全一」なるものを意識(知る)ことはできず、「個多」のみを意識することになります。このことは私たちを決定的な誤謬にミスリードすることになります。例えば、民主主義といえば誰もが抗えないものになっていますが、このまま行けば人類の滅亡は避けられません。民主主義は人権を基礎にしており、この人権は「自然権」に由来します。自然権は、神が個々の人間に付与したとする考え(神が言ったのか?)と、人間の本性に由来する(人間の本性を見抜いているのか?)という考えがありますが、いずれにしても全一を無視した個多(個々人)は利己的存在となり、ホッブスの「万人の万人に対する闘争」は不可避となります。民主主義は、利己を利己と思っていない利己が蔓延し、言論の自由を謳歌して利己を主張し、利己と利己が衝突し、言論の暴力がやがて所謂暴力に発展し、殺し合うという筋道を辿ることになります。
因みに、「全一」の別名を「神」といい「仏」といいます。神と仏の関係はブラフマンとアートマンの関係と見るのが至当でしょう。
(つづく)