先週に、北海道にいるおばあちゃんが亡くなった。
私の心に影響を与えてくれて、私のことをずっと育ててくれたおばあちゃん。
家族の中で居場所がなかった私がひねくれたり、不良(古い?)なんかにならなかったのは、確実におばあちゃんの存在があったからだと思っている。
おばあちゃんは、私の心の拠り所で、言葉で伝えなくても心で私の気持ちをいつも理解してくれて、寂しさや、苛立ちを受け止めてくれていた存在でした。
弟は、自転車のカゴにはいつもお菓子のゴミを入れてそのままにしていたんだけれど、それをこっそり持って帰って、スーパーで店員さんに「同じのください」って、孫の好みのお菓子をそうやっていつも出してくれていました。
健気で、愛情溢れるおばあちゃんでした。
そんなおばあちゃんが2年前くらいから認知症になり、施設で暮らすようになりました。
おばあちゃんはずっと家で暮らすことにこだわっていました。
おばあちゃんは、家の仕事をすることが大好きで、お花をいじったり、部屋の掃除をしたり、なにより、おじいちゃんの仏壇に毎朝挨拶してお供えして、おじいちゃんと同じ空間にいることが幸せだったんだと思う。
だけど、階段から落ちて怪我をしたり、薬の分量を間違えて危ないことになってしまったり。
そんな暮らしが心配で、私の両親はおばあちゃんを施設にいれることを説得しました。
それから、どんどん酷くなり、私の名前をきっとわからなくなってしまったようでした。
そう親から聞いてから、会いたくないと私は思ってしまいました。
怖かったんだと思う。
私の知っているおばあちゃんじゃないことが。
私の唯一の拠り所だったから。
そんな存在に、傷つくことを言われたら私はきっと立ち直れない。
おばあちゃんはきっと、私に会いたかったかもしれない。
私が会わなくなったことをおばあちゃんは悲しく思ってたかもしれない。
だけど、仕方ない。
それしかできなかった。
私はおばあちゃんが大好きだし、未だに亡くなったとは思えていないけれど、私の心の中にはずっと元気なおばあちゃんがいる。