できることなら




楽しい人生が送りたかったし




しあわせだなぁと思うばかりの日々を
過ごしたかったし




そういうことは
本人次第だと
私次第だと
わかっていたつもりで生きてきたのに



私は夫の裏切りに遭い
どうやって人生を生きて行ったらいいのか
わからないまま時間を過ごし
充分にやれたとはとても言えない
我が子の心への子育てをしてしまい
夫という人がわからなくなって
挙げ句自分の人生の生き方まで
わからなくなったけれど




夫も
なにもわからない人生を
なにも解れない人生を
私の気持ちも子供の気持ちも人の気持ちも
親の気持ちも

自分の気持ちも


しあわせとはなんなのかも


それらをあまり良くわかることなく
家族のためにしているふりをして
家族のためではないことに
気付かず
ただ自分のために
自分の時間を
ただただ生きていたんだろうと思う…



私の夫は
そんな人だったのだ





「なにがしたかったんだろう…」

「なにをしあわせだと思っていたんだろう…」

「しあわせな家庭を
 作りたかったはずなのにね…」

「どうしてこうなったんだろうな…」



そんなことを夫は
私が暴れ泣く日々のなかで
呟いていた…



夫は
自分が思いやりのある人間であると
思っていた
そこになんの疑いも持っていなかった
自分は正しいので…



でも 本当には
善悪の判断のつかないひとだったのだ



いくら
道で困っている人がいて助けても
かわいそうな動物を保護しても



それが本当に
思いやりを持つ人がしているのかどうか…
人から良く思われていたいから
するのであって
自分が求めているのは
他人からの賞賛であって
相手のことを思ってする行為では
なかったのだということを
60年以上生きてきて
やっと夫は
自分の不貞で荒れた妻を通して
知ることとなった
世間体を重んじて
離婚を受け入れられなかった為に
離婚から逃げて
結局逃げていた自分の本質に
近づくことになったのだと思う




不倫が 
してはいけないことなのかどうか
不倫は
してしまったらどうなるのか
不倫をされてしまった人が
どうなってしまうのか



してはいけないことを
しているのだと
わかっているはずなのに



自分が賞賛されることが
一番重要で
たとえどんな相手であろうと
女からチヤホヤされることの快感が
とても魅力的で




人を苦しめるとはどういうことか
人が苦しむとはどういうことか




思いやりとはなんであるのか
人と一緒に生きるとは
どういうことであるのか





なにもわからない




夫は
なにもわからない 





現在
それですませて
そこへ逃げているかのような夫
人の気持ちがわからないから仕方ないって
そこへ逃げているかのような夫



結局
60年以上生きてきて
習得できたことは
逃げること




自分が逃げていることを
自覚することなく




いま 自分が逃げることが
善なのか
悪なのか
わからないまま




逃げている人生だと
自覚することからも





逃げ続けているひと…