神波史男先生が亡くなられた。とニュースで知った。

最後にお会いしたのは一昨年の菊島隆三賞の選考会か。

その時には、以前と変わらぬ笑顔をお見せなさっていただけにショックは計り知れない。


おれが今まで直接指導して頂いた中でも、最も痕跡を残した方だと言える。

『火宅の人』では深作欣二と共作でアカデミー賞を受賞。他にも『海燕ジョーの奇跡』、『逆噴射家族』にも参加され、『野獣刑事』、『狂った果実』、それに『仁義なき戦い』の後期作にも参加されていると言ったら、それだけでもおれが教わり、お話するだけでもおこがましく、恐れ多きことだったといまをもってしても言える。


そんな先生はというと、このブログでも記したように思うが、若きライターを引き連れては、赤坂の町を練り歩き、明け方、果ては昼まで酒に付き合っていただくこともしばしあり、とは逆に授業では、「ぼくはあんまり批評すんのは向いてない」と突っぱね、人を遠ざける方かと思いきや、授業後に酒を酌み交わせば、決まって会の中心におられるような、気さくな一面を持った方でもあった。


「あなたのホンにはいつもすかされている感じがするんだよね……」と笑って批評されたことが忘れられない。

決して貶しているわけではなく、突き放すでもなく、それでも受け入れるには程遠い、そんな先生に認めてもらうために何度も書き直した作品は、結局、その当時の新人シナリオコンクールにも出せず仕舞いで、それでも怒るでも残念がるでもなく、「急がなくてもいいけど、おれが選考委員してたら、今の作品でも最終には残すよ」と言っていただけた言葉が今でも誇りとして残っており、思い返せば、こんな偉大な方におれは、自身の作品に責任すら持ててもいなかったと、悔しい思いが募って仕方がない。


先生、本当にありがとうございました。

すかした人生歩んですみません。先生に胸張って生き様見せられるよう、これからはもっともっと精進してまいります。

ご冥福をお祈り致します。合掌@