今日は旦那さんが21時過ぎに帰ってくる予定でしたが、電車が止まってしまい帰宅したのは、22時45分。
いつも基本的にヒマなんですけど、今日はさらにヒマで、せっちゃんの雑誌を読みまくりました。
せっちゃんを好きになったのが2008年夏頃なので、それ以降発売された雑誌で、表紙を飾っていたり、かっこいい写真があったり、、レアなことを語っていたりするものに関しては、ほぼ買っています
好きになる前から持っていた雑誌にせっちゃんが載ってるのを探すのも好きな作業で、ブリッジの「斉藤和義の10曲」とか見つけたときは嬉しかったなー。
学生の頃は、大好きなアーティストが出てる雑誌を何度も何度も読みかえりたりしましたが、大人になってからは、だいたい1回読んで満足
ってことが多かったせいか、久しぶりに開く雑誌が大半でした。
昔の雑誌を読んでも、今の雑誌を読んでも、基本的には話してることは何にも変わってなくて、こんなに変わらん人も珍しいですなー。
そのためか、新しいエピソードに出会うことがあんまりありません・・・。
雑誌の切り抜きとかも集めるのも好きなので、新参者ですが、昔の雑誌で話していたことも結構読んでるほうだとは思うのですが、「えー、このエピソード知らん・・・」というのは、ほんとないです。。。
と、まえがきが長くなりましたが、今日読んだ雑誌の中で印象的なだったものを2つ紹介します!
①KAWADE夢ムック総特集「伊坂幸太郎」から、中村監督、伊坂さん、せっちゃんの対談より
(前にも書いたかなー??)
↓せっちゃんだけたっくさんしゃべってるように見えますが、ここに至るまでは主に中村監督と伊坂さんがしゃべっております~。
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インタビュアー:
世間的に見れば、伊坂さんたち3人は文句なくヒットメイカーだと思うんです。
作品を出せば、少なくとも10万人以上の人たちが受け入れてくれる。
だけど作品は売れればそれでいいというわけでもない。
マスのお客さんに支持されている皆さんにとって作品が「届いた」というのは、どういうことだと考えますか?
3人:うーーん・・・(黙考)。
斉藤:
質問の答えにならないかもしれないんですけど、
「ゴールデンスランバー」で青柳を陥れた犯人は誰なんだ?っていう疑問が、結構な数あったでしょ。
それも解決してないじゃないか!と少し責めるような感じで。
伊坂: ああ、そうなんですね。
斉藤:そういうの、すごいガッカリするんですよ。
中村:うんうん、分かる。
斉藤:
犯人探しの物語じゃないでしょ、あれは。
そういう疑問を持っている人は、根本的におれとは合わない(笑)。
犯人を当てるのが楽しい小説もありますよ。
でも伊坂さんの小説の主眼はそこじゃないでしょう。
ちゃんと読んでいけばわかるはず。
本質をわかってくれない人も、読者のひとりなんだなぁと思うと・・・・・ちょっと寂しいよね。
曲を出した時も、ありますよ。
意味を正しくわかってくれてないなぁっていう。
伊坂:
そう受け取った側が、悪いわけじゃないんですよね。
斉藤:
もちろん。
作品の受け取り方は、人によってバラバラでいい。
誤解をしてもらっても全然OKであります。
でも送り手のこっちとしては、揺るがない正解は確実にあるでしょう。
そこをわかってくれる人が、世界のどこかにいるのも知ってるから、なかなか届かないもどかしさを抱えても、ものをつくり続けられるような気がします。
桑田佳祐さんが以前、「自分は世の中におちょくられたい」と言われてました。
大好きな言葉なんですよね。
本当はあの人はエリック・クラプトンになりたかったけど、世間にいじられてナンボだろうと気がついたって。
自分も長年ミュージシャンを続けてきたから、よくわかるんですよ。
僕の中の正解を伝えるのは大事かもしれないけど、いまは世の中にいじられたいと思う。
誤解も引き受けて、いろんな人と関わりながら、作品を発信していくしかない。
僕はそれをメジャーの場でやりたい。
こっちの思いがちゃんと届くのって、良くて半分だろうと思う。
なら少しでも数の多い、メジャーの場で発表した方が届く人の数も多いわけないですか。
つくったものを一万人に否定されても、別の一万人に共有してもらえる方を選びたいです。
伊坂さんも、似たような気持ちありませんか?
「ゴールデンスランバー」であえて、ハリウッドスタイルの物語に挑んだように。
伊坂:
そうなんですよねぇ、ほんとに。
で、わかんない読者はわかんなくていいや、と思う気持ちってやっぱりうあるんですけど、ただ、何でわかってくれないんだよ!という悔しさが、僕をここまで引きあげてくれたようにも思うんです。
分かってくれなかった人を、何とか振り向かせたい気持ちで、書き続けたころもあって。
やっぱり、冷静に考えれば、伊坂幸太郎の小説にNO!を突き付ける人がたくさんちうというのは、作家としては恵まれているのかなぁとか思ったりもして。
斉藤:
その通りだと思う。
でもひとりでも文句つけられたら、・・・・すげえ辛いよね(苦笑)
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この3人だからこそ、出てきたせっちゃんの本音って感じで、このインタビュー好きですー。
②BRIDGE 2002年 VOL34
「35STONES」のインタビューより。
ライターの兵庫さんが書いたインタビュー前の文が好きです。
「なんとなく1日が過ぎて行った気がしてる だから今日の出来事を紙に書いて声に出した」で始まるシングル【劇的な瞬間】。
「どうしようもない哀しみに 理由もなく包まれた 僕がやろうとしている事は 間違いかな/僕が行こうとしてる道は遠いのかな」とひとりごちる【どうしようもない哀しみに】。
「心は何で動くのだろう 心はどうやって鍛えりゃいい」と問いかける【リズム】。
あとは、セックスしてる歌とか、セックスしようとっていう歌とか、飼ってる猫の歌とか、要はそういうのが詰まったのが斉藤和義のニュー・アルバム「35STONES」だる。
こんなに世の中が大変なことになっているというのに、ほんとに自分のことしか見えていないし考えていない。
35にもなって自分のことでせいいっぱい、めいっぱい、手いっぱい。
自ら「終わんない哀しみは 自分しか見てないから」【花】と歌っている。
分かっているのに、何でそこをどうにかしようとしないのか。
つくづく、どうしようもない。
おまけに、おなじみドラム小田原豊、ベース伊藤広規の3人だけでほぼ作られた、ガレージ・バンドのごときスッカスカな音。
例えば同じように弾き語りからキャリアをスタートさせ、今も同じようにどシンプルなバンド編成で音を出している山崎まさよしの音は、攻撃性と共に円熟味や渋さも併せ持っているけど、こっちはそういうのカケらもない。
ただギスギスとささくれだち荒れ狂っている。
(このリズム隊って、よそでプレイしてる時はもっと上手くきれいな音を出してると思うんだけど、斉藤和義と組むと何故かこうなってしまう。)
重ね重ね、つくづくどうしようもない。
で、何よりもどうしようもなく、いかんともしがたく、修正や改善に向けて手の施しようがない点は、そのどうしようもなさが、このアルバムを彼のキャリアの中で最もすばらしいものにしてしまっているという事実だ。
このどうしようもなさは、すごくパーソナルだけど同時に普遍的だと思う。
というか、こういうものだと思う。
で、「こういうものだよ、だから何だよ」という感じではなく、こういうものだってことをこういうふうにちゃんと形にして良く分かっておくべき、こういうものだと思う。
言葉遊びみたいになってしまったけど、要は自分の現実や実体をよく見よう、見たくなかろうかが見なきゃ始まらないという話だ。
ポップスっぽかったり、妙に整った音だったり、なんかメタファーや題材を使ってお話を作ってみたり、サウンド・コラージュに凝ってみたりしながらちょこちょこと本音をのぞかせる、というやり方で音楽を作ってきた、そしてそのちょっとした本音の部分で聴き手をひっぱってきた斉藤和義が、ここでは「のぞかせる」ではなく「それしかない」みたいな、骨だけのような音でもって骨だけのような本音を鳴らしてる。という意味でも、よくないわけがないと思う。
読んでておもろいなーって思いました。笑
あー、疲れました。
おやすみなさい。
わーーーっと打ったので、間違っていたらごめんなさい。