昔、英語を学んできた時に
少しチャラい先生がおりました。
彼の名はBrandon。
チャラいながらも、英語の教師でした。
それまでは、英語を学ぶ以外に
彼から学ぶ要素なんて無いと思ってましたが、
一つだけ、私に大事なことを教えてくれました。
ある日、私はBrandonに尋ねました。
T『ところで、Brandonは何ヵ国語話すことが出来るのさ(゜_゜)?』
この質問に対して、Brandonは少々考えた後に…
こう答えた。
B『5ヶ国…5ヶ国語になった(^^)。』
『やっぱり、スゲーなー(^_^;)』と
内心思いつつも
更に質問を浴びせた。
T『その5ヶ国って、どこさ(゜_゜)?』
Brandonは、嬉しそうに答え出した。
B『まず、英語だろ?あとフランス語…
ドイツ語も問題ない(^.^)…そしてアルメニア語…Tomoは知らないだろ、アルメニア語なんて?』
多少バカにしたような話しぶりには、イラッとしたけど、
こう付け加えた。
T『最後の一つは(゜゜)?』
この質問にBrandonは待ってましたというテンションで
B『日本語だ(^o^)。』
と偉そうに言い放った。
T『じゃ、何か日本語話してみ?』
って尋ねたら
『オハヨウゴザイマス、コンニチハ、アリガトウ(^.^)』
と畳み掛けてきた。
T『他は?』
って付け加えたら
B『以上だ。』
と。
このBrandonのやりとりには、とても大きな要点があると思っている。
結局のところ、
語学が使うことが出来る基準っていうものは
「自分の中にある」ってこと。
英検1級とったって、TOEICで900点とったって、
自分で「英語が話せる」という自負が無かったら、
一生、「英語が話せない」っていうことになる。
人それぞれの基準がある。
人それぞれの基準があるわけだ。
今一度、自分の中の「基準」を見直してもいいんじゃないのかな?
Brandonは自分に甘々だったけどね(~_~;)。
でも、迷いもなく言い切ってましたよ。
あの意識は「買い」ですね。
少しチャラい先生がおりました。
彼の名はBrandon。
チャラいながらも、英語の教師でした。
それまでは、英語を学ぶ以外に
彼から学ぶ要素なんて無いと思ってましたが、
一つだけ、私に大事なことを教えてくれました。
ある日、私はBrandonに尋ねました。
T『ところで、Brandonは何ヵ国語話すことが出来るのさ(゜_゜)?』
この質問に対して、Brandonは少々考えた後に…
こう答えた。
B『5ヶ国…5ヶ国語になった(^^)。』
『やっぱり、スゲーなー(^_^;)』と
内心思いつつも
更に質問を浴びせた。
T『その5ヶ国って、どこさ(゜_゜)?』
Brandonは、嬉しそうに答え出した。
B『まず、英語だろ?あとフランス語…
ドイツ語も問題ない(^.^)…そしてアルメニア語…Tomoは知らないだろ、アルメニア語なんて?』
多少バカにしたような話しぶりには、イラッとしたけど、
こう付け加えた。
T『最後の一つは(゜゜)?』
この質問にBrandonは待ってましたというテンションで
B『日本語だ(^o^)。』
と偉そうに言い放った。
T『じゃ、何か日本語話してみ?』
って尋ねたら
『オハヨウゴザイマス、コンニチハ、アリガトウ(^.^)』
と畳み掛けてきた。
T『他は?』
って付け加えたら
B『以上だ。』
と。
このBrandonのやりとりには、とても大きな要点があると思っている。
結局のところ、
語学が使うことが出来る基準っていうものは
「自分の中にある」ってこと。
英検1級とったって、TOEICで900点とったって、
自分で「英語が話せる」という自負が無かったら、
一生、「英語が話せない」っていうことになる。
人それぞれの基準がある。
人それぞれの基準があるわけだ。
今一度、自分の中の「基準」を見直してもいいんじゃないのかな?
Brandonは自分に甘々だったけどね(~_~;)。
でも、迷いもなく言い切ってましたよ。
あの意識は「買い」ですね。