サッカーを見ていると、
「あー、逆サイドあんなに空いているのに、なんでパス出さないんだろ~」
とかって思うことがある。
あれって、当事者たちには、逆サイドのスペースが見えてないことが多い。
だから、逆サイドにパスを出せない。
というか、そもそも「逆サイドにパスを出す」とか
「逆サイドが空いている」という発想そのものがないこともある。
今までの俺もそうだったのかも。
今日、一通のメールを携帯に受けて、
衝動的にそんなことを思った。
「同じサイドばかりで攻めようとするから、同じサイドで、同じようなボールの捕られ方をする」
だったら、気が乗るならばいっそのこと
逆サイドに展開するような動きもしてみてもいいと思う。
押してダメなら、引いてみてもいい。
右がダメなら、左から入っていくのもいい。
「突破する」という選択肢そのものを
「一端、突破するのを待ってみる」に変えてもいいと思う。
時には、アクセントが必要な時もある。
俺の現状を見返してみると
TOEIC215点だった俺が「英語なんて無理無理」って思い込んでいたところからの
外資系企業への転職。
「簿記は苦手だな~」なんて思っていたところからの
Financeの職務を全う。
逆に開かれていたと思い込んでいた「Business consulting」の道と思われるサイドを3年近くも突破しようと思ってアタックしたけど
全然、突破できなかった。
力ずくで、全力で、諦めないで、突破しようとする根性や努力は素晴らしいと思うけど、
どちらかというと、それこそパズルのように
関係なさそうな1枚のピースを、何気なく1マス右に動かしただけで、
絡まっていた糸がスルスルとほどけていくような、
そんな展開で物事を進められていくのが好きですね(^.^)。
サイドで煮詰まっている感覚を覚えたら、
一度、逆サイドに振ってみよう。
その逆サイドは、開いているかもしれない。
自分が想像していた以上に。
「あー、逆サイドあんなに空いているのに、なんでパス出さないんだろ~」
とかって思うことがある。
あれって、当事者たちには、逆サイドのスペースが見えてないことが多い。
だから、逆サイドにパスを出せない。
というか、そもそも「逆サイドにパスを出す」とか
「逆サイドが空いている」という発想そのものがないこともある。
今までの俺もそうだったのかも。
今日、一通のメールを携帯に受けて、
衝動的にそんなことを思った。
「同じサイドばかりで攻めようとするから、同じサイドで、同じようなボールの捕られ方をする」
だったら、気が乗るならばいっそのこと
逆サイドに展開するような動きもしてみてもいいと思う。
押してダメなら、引いてみてもいい。
右がダメなら、左から入っていくのもいい。
「突破する」という選択肢そのものを
「一端、突破するのを待ってみる」に変えてもいいと思う。
時には、アクセントが必要な時もある。
俺の現状を見返してみると
TOEIC215点だった俺が「英語なんて無理無理」って思い込んでいたところからの
外資系企業への転職。
「簿記は苦手だな~」なんて思っていたところからの
Financeの職務を全う。
逆に開かれていたと思い込んでいた「Business consulting」の道と思われるサイドを3年近くも突破しようと思ってアタックしたけど
全然、突破できなかった。
力ずくで、全力で、諦めないで、突破しようとする根性や努力は素晴らしいと思うけど、
どちらかというと、それこそパズルのように
関係なさそうな1枚のピースを、何気なく1マス右に動かしただけで、
絡まっていた糸がスルスルとほどけていくような、
そんな展開で物事を進められていくのが好きですね(^.^)。
サイドで煮詰まっている感覚を覚えたら、
一度、逆サイドに振ってみよう。
その逆サイドは、開いているかもしれない。
自分が想像していた以上に。