70年代のファッション①『フォークロア ファッション』 | ボブログ(๑ ́ᄇ`๑)

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スタイリスト 伊藤彰ボブのブログです。

 

 

みなさんこんにちはグラサンキラキラ

プライベートでも描きたいことは山ほどあるので文末にニヤリ

 

 

 

 

と言うことで今回もファッションコラムスタート!

 

 

今年の秋冬のトレンド(2019〜2020AW)の中にも多く見られた1970年テイスト!

 

今回は1970年代のファッションについてご紹介ヒヨコキラキラ

 

 

1970年代のファッションシーンを一言で表すと

ファッションの多様化

 

ファッションの歴史はシーズンごとに変わるトレンド(流行)の歴史だったといえます。

トレンドとは、多くの日チビとに共有される価値観、社会的な現象の1つで価値観の特性です。

 

60年代まではスカート丈やシルエットが一斉に打ち出され、それがトレンドになるのがこれまでの主流でしたが、

ディオールのニュールックに代表される50年代までのライン時代、

マリークワント、クレージュのミニスカート時代が60年代の代表と言えます。

 

 

1947年にディオールが発表したニュールック

(個人的には世界で一番女性を美しく魅せることができるブランドだと思うキラキラ

 

 

1960年代のファッションアイコン ツイッギー

(ベリーショートが可愛いラブラブ

 

 

こういったトレンドは70年代をきっかけに大きく変化しました。

それは一言で表すと『多様化』

 

70年代からは多様化の時代に突入してきます。

プレタポルテ(既製服)のコレクションも多様化していきました。

 

デザイナー各々が思い思いにコレクションを発表し、

消費者は自由に個人の「好きなものを選ぶ、着る」それがファッションになりました。

 

こういった70年代に中心的な役割を担っていくデザイナーが

・ケンゾー(私もよくキャップ被ってます!あの目のやつ目

・イヴ・サンローラン

・イッセイミヤケ

・カステルパジャック

・ソニアリキエル など。

 


 

今回は70年代を代表する2つのファッションについてご紹介したいと思います。

 

70年代を代表するファッションといえば

フォークロアファッションとパンクファッション。

 

民族衣装のテイストを取り入れたフォークロアファッション

(個人的にはロングスカート女子が好きヒヨコハート笑)

 

 

UKパンクファッションのアイコン セックスピストルズ

(ロックは思想、パンクは生き方だぜグラサン雷笑)

 

 

他にも70年代といえば、先日ご紹介したファンクや、グラム、ラスタファリアン、

マニアックなスタイルだと、

ノーザンソウル、ネオモッズ、ニュースキンズ、アニーホールなどがあります。

 

 

 

フォークロアファッションについて

 

・フォークロアは、「民族、民間伝承」の意味。ファッションでは、民族衣装にイメージを求めたスタイルを指す。70年代、世界のさまざまな民族スタイルが取り入れたスタイル

 

その中でも、ケンゾーの発表したフォークロアファッションは日本やアジア、アフリカ東欧など、世界各地の民族衣装を発表したことで人気を博し、他にもイヴ・サンローランなどもフォークロアファッションを発表しました。

 

 

グレイッシュな少しくすんだレトロな色味が素敵キラキラ

 

 

70年代は、60年代ファッションの反動からクラシックの傾向がありました。60年代に流行したミニスカートから一転して、70年代に入るとロンゲット(longuette)というロングスカートや、ケンゾーが73年に打ち出したビッグルックが話題を集めました。

 

 

1973年 KENZOが打ち出したビッグルック

 

 

ビッグルックはクラシックなロンゲットとは違いエスニックなルーツから生まれたもので、

ワークウェアやスポーティーな性格があり、より広く一般のファッションとして受け入れられました。

このことからもオートクチュールからプレタポルテへの移行が感じられます。

 

 

 

ケンゾーの活躍

ケンゾーのファッションは70年代のパリコレクションで中心を担い、常に話題を提供する存在となりました。

彼の打ち出す多様性のあるコレクションは、

フォークロア、エスニック、クラシック、スポーティブなどいくつかの柱があり、こう行った特徴に加えアヴァンギャルドな若者ファッションを取り入れていたことが注目されました。

 

 

プレタポルテがスタートし既製服の方向へ向かいつつはあったものの、これまでにパリで発表されるハイファッションの世界は、若者向けのデザインやオリジナリティーは脇に追いやられ伝統主義が残っていました。そんな中、日本から身一つでフランスで渡ったケンゾーは伝統主義を飛び越え若者の圧倒的な支持を得ました。

 

 

 

 

1973年A/W 「農民ルック」

1974年A/W 「ペルールック」

1975年A/W 「中国ルック」

1976年S/S  「アフリカンルック」

1979年S/S  「エジプトルック」

など毎年話題となりました。

 

そして、この時期からファッションショーが発表というより『ショー』の見せ方が中心となり、「ジャーナリズムに話題を提供する見世物にすることが、消費者に注目される」という図式が成立していきました。

もちろん、その中心にいたのは「エキサイティングで楽しいショー」だともっぱら評判のケンゾーでした。

 

このようにして70年代のファッションシーンはケンゾーと、60年代の活躍で圧倒的な地位を確立したサンローランがファッションリーダーに君臨して進んでいきました。

 

 

デザイナーの高田賢三さん

 

 

 

 

笑顔と感謝を忘れずに!

 

アディオス!

 

 

 

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