おとといは1日休日でしたので、洗濯・掃除布団干しの後に新横浜にチャリンコで行って「21世紀の資本」を読んできました。タリーズさん、ドトールさん、場所を提供してくれてありがとう。
はっきり言って今の私には激ムズでした。大学の時に出ていればまだ良かったのですが…頭を福祉から経営に戻すのが大変でした。
ということで、章ごとにブログ書きます。
全部読み終えるのにどれくらい時間がかかるのか見当もつきません。
と思って今日の午前中書いていたのですが、いざ投稿しようとした瞬間にエラー
(`ε´)
なので仕事終わった後に書いてます。
とりあえず手帳に主な内容は書いていたので大丈夫。
では
第一次世界大戦まで、格差が構造的に減った様子はない。(中略)せいぜいがきわめて高い水準で格差が横ばいになった
主に世界水準での経済の動きを書いている本です。そして格差を減らすことができる力というのは世界大戦だけだったと…
時代背景もあるでしょうが、なんとも非博愛的ですね。
工業利潤は増えたが、労働所得は停滞した。
総国民統計は存在していなかったにもかかわらず、誰が見ても明らかなことだった、とピケティ氏は述べています。
既存の経済政治システムの破綻は明らかに思えた。
1840年代と言えば、アヘン戦争の頃ですかね。ヨーロッパのあたりもきっと荒れていたのでしょう。いやよくわかりませんが。ここで、カール・マルクスはこの疑問に答えようとしました。どの疑問かって?ヨーロッパの長期的な発展について、イノベーションやら人口移動に何の意味があるのか。
ブルジョワジーの没落とプロレタリアートの勝利は等しく不可避なのだ。
マルクスはこう述べ、結論を正当化するための長大な論考と格闘して資本主義とその崩壊に対する科学的な分析を提案し、「資本論」の残りの完成を見ずに1883年に没したそうな。
マルクスの主要な結論は、「無限蓄積の原理」とでも呼べるものと、ピケティ氏は述べる。つまり、資本が蓄積してますます少数者の手に集中してしまうという傾向であります。いや、お金は有限でしょって突っ込みたくなってしまったのはナイショ。インフレでお札を刷りまくった国の例もないことはないですが。まあ、この悲観的な結論は実現はしませんでした。
低成長だとマルクス主義的な無限蓄積に対して十分に拮抗できなくなる。その結果として生じる均衡は、マルクスが予測したほど暗澹たるものではないにしても、かなり困ったものになる
蓄積は有限の水準で終わるけど、安定を乱すほど高くなるかもしれない。1980年代~1990年代以降、ヨーロッパの富裕国や日本で実現されたきわめて高い民間財産水準は、マルクス主義の論理をそのまま反映させたものだと。日本のバブル景気の時期ですね。
さて、ここから理論はマルクスからクヅネッツに移ります。
クヅネッツは1900年代に活躍したノーベル経済学賞を受賞したアメリカの経済学者です。
クヅネッツの理論によれば、資本主義の段階が進むと、経済政策の選択や国ごとの違いなど関係なしに所得格差は自動的に下がって、いずれ受け入れ可能な水準で安定するのだという。
彼の理論によれば、成長は上げ潮であり、あらゆる船を持ちあげるとのこと。
これって今の政権がやろうとしている政策とかぶっている気がするのは私だけでしょうか。ノーベル賞の学者の理論だから参考にするのは大いに結構ですが、時代背景も今の日本の状況と重なっているのでしょうね。
国民の経済状況をはかるためには、所得申告と国民所得水系が必要だ、とピケティ氏の理論。
1913~1948年代、米国の所得格差は急激に下がったそうです。これは第二次世界大戦の時期と重なりますよね。先ほど述べた所得格差は戦争により小さくなるということです。
クヅネッツの理論によると、あらゆるところで格差は「釣がね型の曲線」になるそうです。私も確か大学時代の経済学の授業で学んだことです。
考え方としては、工業化の初期に格差が増えるのは、工業化がもたらす新しい富から利益を得る用意がある人々はごく少数だからということです。
実を言うと、クヅネッツ曲線は相当部分が間違った理由のために構築されたものであり、実証的根拠は極めて弱いものだったそうです。
何よりも二度の世界大戦と激しい経済政治的ショックのおかげで成立したそうな。
ある意味で、21世紀初頭の私たちは、19世紀初頭の先人たちと全く同じ立場にある。(中略)経済分析の核心に分配の問題を据え、長期トレンドを研究しようとした点で大いに賞賛されるべきだ。
ちょっとここらで休憩挟みます。続きはウェブで…とはならないですが、仕事行ってきます。
夜にはまたこの続き書きます。
お疲れ様です。では。

21世紀の資本/みすず書房

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