横浜・紅葉ケ丘まいらん、掃部山公園を後に
して丘を下りずに伊勢山皇大神宮に向かいま
した。
5分程歩くと到着、社号標があります。
一の鳥居をくぐって階段を上りました。
伊勢山皇大神宮
当宮は『横濱総鎮守』つまり国際港都・横浜の
守り神として広く崇敬を集めています。
当宮の創建は、横浜が日本一の貿易港として、
また文明開化の先駆けの地として、急速な発展
を遂げていた明治3年(1870)です。
当時の神奈川県知事・井関盛艮(いせきもりとめ)
が「急速な近代化・西洋化の流れの中でも、横浜
の人々が日本の国柄を見失わない為に、人々の
心の拠り所、また横浜の象徴となるものとして、
国家を鎮護する天照皇大神を祀る荘厳な神殿を
築く」と告諭し、戸部の地にあった古社を再興
し、港を一望する丘の上へと遷座しました。
〔参考:「伊勢山皇大神宮 HP」より抜粋〕
階段の途中、伊勢山碑や万葉歌碑。
さらに由緒書きと境内図があります。
万葉歌碑
万葉集巻八より志貴皇子の御歌が刻まれています。
万葉集の研究で名高い文化功労者犬養孝先生に
ちなみ、日本全国に建てられた万葉歌碑の一つ
です。
〔参考:「伊勢山皇大神宮 HP」より〕
さらに階段を上ると手水舎、ここで清めて鳥居
をくぐりました。
この鳥居は二の鳥居で、その奥に大注連柱が建
っています。
大注連柱
明治22年に当時の大遊郭・双葉楼より奉納され
たものです。
東日本の注連柱として最大級となります。
関東大震災も耐え抜き往時の姿をとどめて
います。
目の前に拝殿。
ここで並んでお詣りをしました。
結構多くの参拝客がいらっしゃいました。
隣に境内社の「杵築宮/子之大神」があります。
杵築宮/子之大神
明治初年に、当時の横浜港の主要な輸出品で
あった生糸および蚕種の守護神として、豊受姫
大神を祀り建立されました。
令和5年8月に新しい社殿が竣工しました。
〔参考:「伊勢山皇大神宮 HP」より〕
お詣りを終え、表忠碑を見て階段を下りました。
表忠碑
日露戦争で戦没した横浜商業学校(現・横浜市立
横浜商業高等学校)出身者の慰霊碑です。
題字は高名な陸軍大将・乃木希典のものです。
〔参考:「伊勢山皇大神宮 HP」より〕
清々しい気持ちで伊勢山皇大神宮を出ました。
今回の伊勢山皇大神宮での様子をまとめた
動画をYOUTUBEにアップしています。
どうぞご覧ください。
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