NLPトレーナーの高梨です。
昨日テレビを観ていたら、我が故郷が
出ていました。
群馬県桐生市。
『秘密のケンミンショー』で。
コロリンシュウマイが出ていた。
懐かしいな~
5年くらい食べてない。
肉の入っていないシュウマイ。
でも、シュウマイ以上に
シュウマイらしい味わい。
桐生市民には、シュウマイといえば
コロリン。
コロリンといえばシュウマイ。
そこで生まれ育った人が外に出ると
ソースかつ丼や子供洋食と並んで
「え?コロリンシュウマイって
ローカルフードだったの??」と
なるくらいメジャーな食べ物。
崎陽軒なんて眼中にないくらいに。
ちなみに、ソースかつ丼も子供洋食も
コロリンシュウマイもソース味。
桐生市民、ソース大好き。
コロリンシュウマイといえば
思い出す。
その昔、小学校の同級生でお母さんが
コロリンシュウマイのお店をやっている
奴がいた。
4年生の夏休みときだっただろうか。
突然の激しい雨にプールが中止に
なった日、そいつが学校のプールの
出席表を忘れていった。
気付いた私は、学校から近かった
そいつの家に出席表を届けにいったのだ。
コロリンシュウマイ独特のほの甘い
香りの中をくぐると、
『はだしのゲン』やら『火の鳥』やら
80年代の当時でも古めかしいマンガが
たくさん置いてある。
「こんにちは~
出席表、忘れってたよ~」
お母さんが出てきた。
「あら~高梨くん。
○○~、高梨くん来たよ~」
柔和なお母さんだ。
子供は同級生のお母さんの顔を知らない。
そいつとは家で遊んだことはなかったから
なおさら。
でもお母さんは子供の顔と名前を知っている。
そういう時代だった。
少なくとも、私の周りでは。
「すごいびしょ濡れじゃない!
お風呂入って行きなさい!
服もパンツも洗濯して乾かすから、
脱いじゃいなさい!」
たしかに、豪雨に打たれて
服も水着が入ったカバンもびしょ濡れ。
だが、分かるだろうか?
こういうのは子供にとっては、恥ずかしいのだ。
出席表を届けられればよかったのだ。
人の家に上がり込んで裸になり
服やパンツを洗濯され、なおかつそれらを
広げて扇風機の前で干される。
考えるだけで、恥ずかしい。
予定外だ。
そんなつもりじゃなかったのだ。
お節介なのだ。
親切のお礼、というのは分かっていたと
しても。
私は抵抗した。
「悪いですよ…」
だが、お母さんのゴリ押しというものは
子供の抵抗など微塵の効力もない。
まさに鎧袖一触。
紙の鎧だ。
結局、お風呂に入らせてもらったし
服も着替えさせてもらった。
肥満児だった私は、その同級生の
お兄ちゃんの服を借りた。
自分の服とパンツが乾くまで。
「コロリンシュウマイ作ったから
食べて行きなさい!」
熱々のコロリンシュウマイ。
うまそう。
でも…
やっぱり、恥ずかしい。
悪い気がする。
お節介。
そのコロリンシュウマイを何千個と
食べたであろう同級生と共に
お兄ちゃんの服を着てその熱々を
ほおばる。
青のりが醸し出す磯の香り。
ウスターソースのコクと少しの酸っぱさ。
モチモチとした食感を歯で楽しんでいると
その中にほんのりと甘い味わいが広がり
不思議と肉の入ったシュウマイとそっくりの
風味が鼻腔をすり抜ける。
大人になって知ったことなのだが
それは玉ねぎの風味なのだ。
なんというか、妙にコクコクしい。
いくらでも食べられる。
シンプルだからこその深みと味わいが
ある。
うまい。
が、遠慮して箸が進まない。
「どんどん食べなね。
いっぱいあるからね」
さらに追加される。
お母さん、張り切りすぎ。
こんなことを思うのは悪いことは
分かっているけど、やっぱり
子供にとってはお節介なのだ。
気をつかわせてしまっているようで。
当時、どの同級生の家に行っても
お母さんがもてなしてくれた。
県外の人が群馬に来て人の家に
上がると、そのおもてなしに具合に
びっくりする、という話を聞いたことが
ある。
お茶請けが3品は出てくる。
お茶が少しでも減ると注ぐ。
お客さんが来ると急須の中は
お茶でいっぱい。
群馬ではそれが一般的なのだ。
お母さんのおもてなしもきっとも
その延長線上にあるものだったのだ。
あるいは、そういう時代だったの
かもしれない。
そのときのお母さんは、今と私と
同じくらいの年齢だったのだろう。
ということは小学校や中学校の
同級生たちも、お客さんが来ると
せっせとお茶を切らさないよう
気をつかったり、せんべいやら
饅頭やらの用意をしているのだろうか?
群馬の魂を受け継いでいるのだろうか?
私が受講生の相談に無料で乗ったり
サービスしすぎてしまうのも
そのあたりに原点があるのかもしれない。
なんだか「やってあげなければ悪い」
ような気がするのだ。
しかし、そのおもてなしを受ける側は
「もらったら悪い」ような気がしている。
お互いがお互いに遠慮する。
が、結局おもてなしをする側が勝利する。
それがいいのかどうかは分からない。
ただ、善意なき世はきっと
すごく淋しいものなんだろう。
豪雨のあの日、その後はどうしたのか
覚えていない。
が、帰るときも
「これ、家で食べてね」
と、これまたコロリンシュウマイを
もらってしまったのは覚えている。
タッパーにたくさん入っている。
母親に報告しなきゃ。
お礼の電話とか、気をつかわせるの
イヤだな。
真夏の雨上がりのアスファルトの
匂いをかぎながら、家に帰る。
タッパーを開けてみんなで食べた
コロリンシュウマイは、まだ温かかった。


