あらゆる授業、講義、トレーニングというものは、何のためにあるのでしょう?
それはもちろん、受講生や生徒が良くなるためにあるはずです。
「良くなる」ということをもう少し具体的にすると、どういうことになるでしょう?
私は心理学のほかに、リフレクソロジーも教えています。
リフレクソロジーとは、簡単に言うと足ツボのことです。
こちらの方が心理学よりも長く教えています。
リフレクソロジーを教えることで、私が生徒さんに求めることは、
・身体のしくみや東洋思想を理解してほしい
・健康に役立つということを信じてほしい
・気持ちよさやリラックスのフィーリングを感じてほしい
・友達や家族を施術するということを行動してほしい
ということです。
授業が終わったあとで受講生なり生徒なりに
・何を理解してほしいのか
・何を信じてほしいのか
・どんなフィーリングを感じてほしいのか
・何を行動してほしいのか
ということを、授業が始まる前に整理しておくと、よりよいものができるかもしれませね。
この授業の整理の仕方は、NLPの世界的トレーナーであるオーウェン・フィッツパトリックから教わりました。
オーウェンは「理解する(=understand)」ではなく、「知る(=know)」と言っていました。
似たような意味ですが、「知る」には「その物事が存在することは分かっている」というニュアンスがあり、
一方で「理解する」には「その物事が説明できるくらい分かっている」という深さがあるような気がします。
私なりの解釈ですが。
私は北京ダックを食べたことがありませんが、その存在は知っています。
しかし、その食べたことがないので、その味を説明することができません。
普段のコミュニケーションなら「知る」で十分かと思います。
一方で、授業や講義やトレーニングは、より深く分かってもらえる方がよいと思います。
講師や教師として、教えたことが説明できるくらい、分かってもらえて、信じてもらえて、良いフィーリングを感じてもらって、そして何かのアクションをしてくれたら、嬉しいですね。