仏教のもっとも基本的な教えに、
諸行無常(しょぎょうむじょう)
というものがあります。


諸行無常(しょぎょうむじょう)というのは、
仏教の根本的な考え方である三法印(さんぼういん)のひとつでもある。


ちなみに、三法印(さんぼういん)は、
〈諸行無常(しょぎょうむじょう)印〉
〈諸法無我(しょほうむが)印〉
〈涅槃寂静(ねはんじゃくじょう)印〉の三つ。


『平家物語』の冒頭でもある、
「祇園精舎(ぎおんしょうじゃ)の鐘の声、諸行無常の響きあり」
でよく知られた言葉ですね。


永遠に続くものなどないということを指している。


分かりやすく例えるならば、

人は、生まれては死に、跡形もなく消滅してしまう。
咲き誇る花も、やがては散りゆいていき跡形もなくなってしまう。
楽しくて幸せな時間もいつかは終わってしまう。


どんなに人気な漫画やアニメも
最後はクライマックスを経て終焉を向かえて行く。


こういうと、人生というのは、儚くて、虚しい。


けれども、永遠に続くものなどないということの中には、
美しさが広がっている
と思う。


僕は、人の誕生日とかで花をプレゼントするときに、
必ず生け花をプレゼントするようにしている。


ブリザーブドフラワーとか、
形に残るような花は一切プレゼントしない。


なぜかと言うと、生け花をプレゼントすることで、
花の本来持っている美しさを臨場感たっぷりに実感して欲しい気持ちがあり、
そしてその美しさを長くよりキープさせようと
日々水をあげたり、水を変えたりして新鮮さをキープしようと
生け花に対する愛を育んで欲しいという意味合いが包括されている。


これは、
ブリザーブドフラワーでは一切語る事が出来ない。


そしていずれにしても、その花は月日が経つにつれて
枯れてしまい、跡形もなく消えて行ってしまう。


けれども、花に対する愛情表現をして来た過程は、
一生に残る財産
になるのだ。


その過程は、どんな場面でも必ず生きて来る。


なんとも儚くて、虚しいけど
美しい物語が生け花をプレゼントすることで開かれて行く。


だから高価な花を大切な方にプレゼントするのには、
それ相応の価値があると思っています。


と、僕の勝手ながらの想いを語っているだけなんですが、


要は何が言いたいのかと言いますと、


人生というのは、儚くて、虚しい。けれども美しい。
なので生きる中でのコンテンツ(内容、中身)をより魅力的に育んで行こう。

 

 

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