こんにちは
前回に引き続き、部活動加入制について
書いていきます。
まず最初に書いておきますが、
私は、中学や高校における部活動が
これまで、大きな役割を果たしてきたことを
否定しません。
部活動ならではの学びがありましたし、
部活動のおかげで救われた人たちが
大勢いることは事実です。
その大きな功績を認めながらも、
全員部活動制は止めるべきだ
と思っています。
私が高校生だった頃、
そして教師になりたての頃には、
必修クラブというものがありました。
学習指導要領に定められており、
その名の通り必修でした。
必修クラブ以外に、放課後に行う部活動がありました。
必修クラブと部活動との関係は、
学校や部活動によって様々でした。
所属している部活動と同じ必修クラブに
自動的に入ることにしてなっていた場合もあれば、
別のクラブに入ってもいい場合もありました。
いずれにしても、必修クラブは授業の1コマであり、
担当教師が必ず付き添って活動していました。
放課後の部活動に参加していなかった生徒も、
必修クラブだけは参加しなければいけませんでした。
運動系の必修クラブがそのまま続けて部活動に移れるように
6限目(または7限目)に行われていました。
部活動は、学校の規模、設備、顧問や指導者などの事情で
学校によって存在できたり、できなかったりします。
小規模校だと、たくさん部活動を持とうとしても
1部あたりの加入者が減ってしまい、
その結果、活動が制限されてしまうから、
(例えば、人数が足りなくて試合に出られない等)
どうしても部活動の数を絞らざるを得ません。
小規模校は、教師の数も少ないですから、
部活動の顧問の数も足りません。
(顧問がいなければ、学校の部活動として
認定されません。)
必然的に、小規模校ほど部活動の数が少なくなり、
加入したい部もないのに、
必ず入れと言われて、仕方なく入る、
というミスマッチが起こりやすくなります。
そうなると、やりたい部活動が学校にないという生徒は、
なるべくラクで活動日数が少ない部に
集まってくることになります。
そういう部は「受け皿」と認識されます。
受け皿と化した部活動では、
興味もやる気もない生徒が集まってくるため、
週に1度しかない活動でさえも、
生徒はサボって帰ってしまいます。
その部の顧問になると、やる気のない生徒の指導に
大きなストレスを感じ、エネルギーを奪われます。
一旦、そういう受け皿だと見なされてしまうと、
部活動の雰囲気がだれてしまうので、
真面目に参加している生徒が迷惑することにもなります。
だれてしまった部活動を立て直すのはものすごく大変です。
だから、そうはなりたくないと考える顧問は、
「うちの部はラクじゃないぞ!
やる気のない人は入らないでくれ!
練習をサボるような部員には厳しく対処する!」
という姿勢を見せることになります。
受け皿予備軍の部活動(活動日数が少ない文化部)は、
自分の部が受け皿認定されないために
必死で部活動をしているアピールをすることになります。
例えば、家庭部(料理や手芸などをする部)であっても、
土日に活動を入れたり、コンクールに参加したりと、
必要以上に忙しくすることになります。
こうやって、部活動の顧問は
自ら率先して活動を「充実」させていくことになるのです。
小規模校を例にとってみましたが、
中規模や大規模であっても、
本質的には同じことが起こっています。
受け皿になっている部があるはずです。
部活動を全員加入にしているせいで、
このようなことが起こっているのを
世間の人たちは、よく知らないのではないでしょうか?
高校における必修クラブは、
平成15年からなくなりました。
従来から、部活動全員加入制はありましたが、
必修クラブがなくなったことで
さらに加速したように思います。
それまでは、放課後の部活動に加入していなくても、
少なくとも必修クラブだけはやっていたわけで、
「生徒は必要最低限のクラブ活動はしている」
と、学校でも家庭でもみなしていました。
ところが必修クラブがなくなってしまうと、
放課後の部活動(課外活動)に全生徒を参加させるべき
という風潮が高まりました。
結局のところ、部活動全員加入制を支持する教師たちは、次のような意見を言います。
部活動では、通常の授業で学べないことをたくさん学べる。人間形成の場である。上下関係や、仲間とのチームワークの大切さなど、社会に出てから必要なスキルが身に付く。(部活動で人間形成できるという説)
日本の学校に部活動があるおかげで、生徒は比較的安価にスポーツや文化を学び、磨くことができる。将来一流のアスリートになる人は、学生時代から継続して部活動をしている人が多い。(部活動が日本のスポーツや文化を牽引しているという説)
部活動をしない生徒は、時間を持て余して、無断アルバイトをしてしまう場合がある。自己管理が未熟な高校生がお金を稼げば、自由になるお金が増えて非行に走りやすくなる。(無断アルバイトが非行につながる説)
放課後、部活動をしない生徒は、街で遊んだり、ゲームばかりしたりして、時間を無駄に使ってしまう。部活動をしないからと言って、その時間が勉強に向けられるわけではない。(生徒の大切な時間を有意義に過ごさせるためという説)
現在まで続いてきた全員加入制を止めることで、これまでの管理体制が崩れてしまう。(学校の管理体制崩壊説)
高校までの部活動における人間関係のトラブル(いじめなど)には、教師が責任を持って介入することになる。また、保護者からもそのような要請がある。教師が部活動の人間関係に介入することで、未熟な生徒同士のトラブルの解決策を提示することができる。つまり、部活動に参加しない生徒は、人間関係について学ぶ場が(少)ない。(教師から人間関係について学習できる説)
大学では、部活動への加入率が(高校と比較して)激減する。もし高校でも自由加入制にしてしまえば、大学並みの割合の生徒しか部活動に加入しなくなるだろう。仮にそうなったら、高校で維持できる部の数が減ってしまい、ますます生徒が入りたい部がない、という結果になってしまう。(部活動存続の危機説)
いかがでしょうか?
「部活動の負担を減らそう」という話題になると、
高校現場では上記のような意見を言う人たちが必ずいます。
彼らは「現状維持」ありきなのです。
そのためにもっともらしい理屈を並べているだけなのです。
でもはっきり言って、上記のような教師独特の常識は、
生徒本人や保護者や世間とはかけ離れているのではないでしょうか?
は、自分自身が部活動によって人格形成したと思っている(思い込んでいる)教師がよく言います。部活動の意義を過剰に高く評価していると思います。部活動が人生に大きな影響を与えた人がいることは事実でしょうが、全ての人に当てはまる「真理」ではありません。こういう価値観を全ての生徒に押し付けるのは間違っています。
についても、そのような側面があるのは事実だと思います。家庭的に貧困であっても、比較的安価に部活動に参加できるとは言えます。それでも、一部の部活動はかなりお金がかかりますし、親の経済力によってできる部活動が限定されているのもまた事実です。スポーツや文化を振興するのは、学校だけに頼らなくても良いのではないでしょうか?学校外のチームや教室に通うことは可能です。その方が、プロから指導を受けられるから良い、という考え方もできるのではないでしょうか。部活動の顧問は「専門家」とは限りません。(そうでないケースの方が圧倒的に多いです。)


は、完全に教師の都合優先ですね。私は、全員部活動加入制と無断アルバイト禁止は、密接に関連していると思っています。部活動を自由参加にしても、アルバイトを禁止したままだと、生徒は勉強するか、遊ぶかしかなくなります。多くの生徒は「遊ぶ」を選ぶでしょう。だったら部活動を自由参加にすると同時に、アルバイトを解禁にすればいいのです。(届け出制にするかどうかは、学校で判断すればいい。)「部活動で縛っておかないと、生徒は何をするか分からない」なんて、教師が生徒を全く信じていないと言っているようなものです。また、何から何まで学校(教師)が責任を負わなければならないという思い込みから、全てを管理しようという方向に動くのではないでしょうか。必要以上に責任を負うのも止めるべきです。家庭や本人や地域社会にも責任があります。
については、教師の勘違いです。部活動の本質を「教師から人間関係について学習すること」だと思っている人は世の中にいないでしょう。教師が「人間関係調整のエキスパート」だという事実もありません。単に生徒よりも人生経験が長いだけの人です。いじめに教師が介入すれば解決する、というのは嘘です。
「生徒への教育的効果、配慮」よりも「部活動の存続」を優先する価値観ですね。確かに、学校が継続的に部活動を維持していこうとすると、厄介な問題になってくるところですね。毎年、一定数の部員が確保できなければ、廃部になるからです。でもこれは、現在のシステムの問題でもあります。学校で新しく部活動を創るのってすごーくハードルが高いんですよ。だからこそ、廃部にするのにも慎重です。簡単に創ったり潰したりできるんだったら、「継続性」について悩むこともないんですけどね。やっぱり学校外のクラブや教室にお願いしちゃった方がいいんじゃないでしょうか?生徒が入りたい部活がないなら、学校の外に求めるという選択肢があっても良いと思います。どの部にも入らずに、勉強をしたい(塾や予備校へ行きたいor自宅学習)という生徒だって一定数いるはずですし。
以上が、私が全員部活動制に反対している理由です。
次回は、部活動について「教師の労働」という側面から書いてみたいと思います。