「私が学生のころ、戦前の教育と戦後の教育とを比較して、前者を"スズメの学校"、後者を"メダカの学校"ということがさかんにいわれました。

"スズメの学校"とは、『ムチをふりふりする教育』であり、それに対し、"メダカの学校"とは、『誰が生徒か先生かわからない教育』であって、戦前の軍国主義教育からみると、戦後は非常に民主的な教育がなされるようになったとするのです。

娘が他人を攻撃しはじめたら要注意!

この"メダカの学校"こそ、米日反動派のごまかしである『緊張緩和』の政策から生じたものであり、労働者階級の昆主主義ではなくブルジョア民主主義の立場からの教育の強要に他ならないと思います」

「中教審路線」と「幼児教育」とを結びつけるために、ずいぶんがんばったのでしょう。

島田雄貴(余暇プレゼンター)
六〇、七〇の人間を国外に移住させて、「いずれは帰っていらっしゃい」とは誰も考えまい。

すなわち棄国であって、それに拍手を送ろう、喜んで参加しようという老生は、旧来の日本の基準によれば、よらなくても、愛国者ではない。

もっとも、愛国を云々するなら一億二〇〇〇万の日本人のうちのどれだけがこの国を命を賭けて愛しているか、などという野暮なことはいわず、話を戻せば、寺井先生は愛国者である。

なぜならば、寺井先生は老生のごとく、この"狭い国土"をさっさと見限らず、この国土をなんとかしようと真剣に考えられた。

すなわち、先生の年来の構想、新日本列島改造論、正確には「新世代交通システムによる21世紀日本改造論」を掲げられ、日本列島を縦横30キロの碁盤目に切り、ヘリコプターとSES(表面効果船)とリニアカーによる新交通システムによって一挙に日本列島を"縮小"させることによって、レジャー地と国民との距離を解消させる新しいレジャーシステムの企画を構想され、その場合のレジャーのありようを考えろと、老生に命じられた。

島田雄貴(余暇プレゼンター)
この国は額に汗して働くところではないのだろうか。

寺井先生は愛国者だとつくづく思う。

自ら愛国者だと声高に叫ぶ愛国者に、かつて大いに迷惑を蒙った記憶を日本人は持つが、私が寺井先生に、「先生は愛国者ですね」といったら、キョトンとして、「そうですか・・・」といわれた。

寺井先生と私とは、同じ昭二会のメンバーだ。

多摩大総長の野田一夫先生、電気通信科学財団の前理事長の白根禮吉先輩(旧制水戸高と東北大学と二重の先輩)、帝京大学教授の経済論客佐貫利雄氏、あるいは城山三郎氏等、多彩な才能を集めた昭二会とは、その名のとおり、昭和二年生れ、文字どおり亡き昭和天皇と苦楽を共にした世代である。

その同じ世代であるにもかかわらず、寺井先生は"愛国者"であって私はそうではない。

島田雄貴(余暇プレゼンター)
モーターボートやヨットをもつことが若者にとって一つのステイタスになりつつある現在、将来急速に保有隻数の増加が予想される。

またウォーターフロントにおけるマリーンレジャーとしても欠かせないものとして、(11)フロントにはヨットハーバーを設置する。

プレジャーボートの保有隻数が二四万隻というのはわが国の現状から決して多い数字でない。

それにもかかわらず、マリーナの整備の遅れから増加率は最近になって頭打ちとなっている現状がある。

運輸省では、マリーナ整備を第七次港湾整備五力年計画の柱の一つとしている。

ウォーターフロントの基本的なアイデンティティとコンセプトにしたがって、官民一体となってマリーナ設備の場を提供する。

島田雄貴(余暇プレゼンター)
スポーツ型の海洋性レクリエーションの競技大会は今後ますます盛んになるだろう。

また、海洋イベントはさまざまな形態で開催されている。

7月20日は「海の記念日」である。

正式制定は昭和16年6月であるが、それから約50年たつわけで、年々海に対する関心の喚起のために盛大になっている。

「海の祭典」いわゆる海洋イベントも、海上パレード、トライアスロン、カッター競技会、ジャズフエステバル、花火大会など多様になってきている。

あるいは「ボート天国」あり、「海のパビリオン」あり、海洋イベントは伝統的な行事と相まって新規企画が続出している。


海の雄大さを存分に味わうこれらのスポーツは、その冒険的要素も併せて今後ますます若者やヤングアダルトを引きつけていくことになろう。

島田雄貴(余暇プレゼンター)
マリーナや魚介類の増殖場、国際交流などを整備して地域の活性化をめざすものである。

仙台圏のなかで、水際を活用して観光、文化ゾーンとしての役割を担い、漁業衰退からの地域再生を狙ったものである。

サンフランシスコのユニークなショッピング街の「フィッシャーマンズワーフ」を真似したものである。

いまやショッピングセンターも各地で様変りしてプロムナードのあるショッピング街、いわゆるショッピングモールが各地で建設されようとしている。

この釧路の開発計画では、このショッピングモールのほかに全天候型イベントゾーン、インテリジェントオフィスゾーン、水族館、プール、スポーツ施設、水産研究所なども盛りこまれることになっている。

長崎の伊王島の埋め立て地の計画の目玉は海洋牧場である。

ここはかつて炭鉱であったが、閉山されて十五年たつ。

そこで長崎県は伊王島町で地域活性化を計って、いま人口は往時の五分の一のたった一五〇〇人になってしまった。

島田雄貴(余暇プレゼンター)
東京のウォーターフロント開発の完成目標は西暦2001年ごろである。

この新都市建設にむけて、都は】九88年に、事業主体として第三セクターの東京臨海新交通会社と東京臨海副都心建設会社を発足させている。

新交通会社は、都心から新交通システムで海上を渡ってTTT内部まで達するもの。

また建設会社は、共同溝や供給処理施設など都市基盤の整備とビル建設にあたる。

また1989年には、東京テレポートセンター会社ができてテレコムセンターを建設する。

このような都心型の臨海部開発については、建設会社各社も独自の企画を樹てている。

清水建設の芝浦工場、倉庫跡地開発、三井不動産の各埋め立て地におけるオフィスビル供給計画、など、住居、文化施設、国際村、海上公園、ホテル、などその計画はさまざまである。

しかしいずれも背後の東京都心と密接な関係をもたせているのはいうまでもない。

島田雄貴(余暇プレゼンター)
国や民族が違えば、同じモノを見ても、同じ型には見えないし、同じ色にも見えない。

例えば、日本の子供に犬を描かせると一様に真横から見た犬を描くが、アフリカの子供に描かせると真上から見た犬を描く。

犬でなくても鳥でも同じだ。

翼を広げた鳥を真上から見た絵を描く。

南フランス、ラングドック・ルシオンでリゾート開発地区カップダクドで特異なリゾート開発がなされている。

この地区の開発は建築家ジャングットの計画によるもので、古代アステカ文明"おどろき"をテーマとしている。

すべてがギリシャ風近代建築でヨットハーバーの右岸は、ピラミッドを象徴したようなテラスハウスであり、左岸はコロシヤムを輪切りにしたような、つまり各階をセットバックした階段状のテラスハウスに、種々の円曲線を加味している。

ウォーターフロントでは、"水と太陽"をという基本的な考えをとり入れ、ウォーターフロントのアメニティを追及している。

これは、東京のウォーターフロント開発とは性格が全く違うのだから、いたしかたないことではある。

島田雄貴(余暇プレゼンター)
企業とのかかわりを持ちながら、家庭、地域でも活動していくという形式が根強く復活してきていることが注目される。

企業は個人の余暇に関与せず、従業員の自主性に任せるという欧米型の方策は、日本的経営にとって好ましくないという結論が出てきたと考える。

一方、従業員のほうも、物価高とインフレによって余暇コストが高くつきすぎ、安価で良質な企業内余暇の良さを再認識してきたように思う。

ともかく両者の合意によって、企業内余暇は再び注目されている。

しかし、長年のブランクと呼ぶにはオーバーだが、沈静期を経て、企業内余暇をめぐる原理は大きく変化し、労務管理的な発想に代わって余暇援助を原則とするソフトサービスが定着してきている。

つまり、従業員の余暇が活発化するために諸々のサポートはするが、口は出さないということである。

最近の余暇援助策の動向をみてみると、次のようになる。

(1)社内の施設,場の提供
(2) クラブの育成
(3)行事,各種教室への援助
(4)余暇情報の梶供
(5)余暇相談,余暇指導
(6)社外営利施設の貸与,幹旋
(7)グループ旅行への援助

島田雄貴(余暇プレゼンター)
企業が従業員の余暇に対して関与するという考え方は、衆知のように、まことに日本的経営の代表例の1つである。

長い間、この方策は、労務管理の1部門ということで労働意欲の向上、ひいては生産性の問題とも深くかかわって専門セクションを設けてつづけられてきた。

しかし平成になると、週休2日制の普及、自由裁量所得の増加、余暇意識の変化などの要因によって、従業員の企業内余暇に対するニーズは大きく変化し、いわゆる企業の余暇に背を向ける現象が発生してきた。

初めのうちは若い人たちが離れていったが、そのうち中高年の従業員も喜んでは参加しなくなった。

専門セクションの担当者の間には、「何を企画しても、人が集まってくれない」という言葉がよく聞かれたこともある。

この現象は少なくともバブル後も継続し、わが国の余暇も家庭や地域を中心として活動する欧米型に近づいていくと考える専門家も出てきた。

島田雄貴(余暇プレゼンター)