この本読んでいます。
『ニーチェが京都にやってきて
17歳の私に哲学のこと教えてくれた』
ニーチェのちょっと有名な言葉で
「祝福できないなら呪うことを学べばいい」
〜自分の気持ちを偽るくらいなら
いっそ自分に正直に呪った方がいい〜
人は、もともとが自己中
しかし、自己中は良くないと教育させている。
つまり、道徳に縛られている。
不登校には、「あるがままでいい」優しく接しなければならない。
これも、道徳に縛られている。
本音は「体力と視力と学力落ちるし、怠惰が脳に焼き付いて将来のニート率上がるから、学校に行ってきなさい。集団に頼らずに稼げる人なんてひと握りで、能力の無い人は結局集団に揉まれて生きるしかないんだからその練習のために学校に行ってきなさい」
だろうか。
「道徳に縛られている」
これは深い言葉だ。
学校教育の道徳とは、
「奴隷道徳」と言ってもいい。
人の話を聞く。時間を守る。
他の人も応援する。人の和を乱さない。
チームワーク重視というか自己中を否定する。
奴隷、今で言う社畜を育てるような教育。
こんな教育なんてクソだ!
と否定してやりたいが
能力の無い人は集団で働く事になるから
生きていくためには必要なのも否めない。
今の不登校支援は
弱者保護の道徳に縛られて
弱者をより弱体化させるような気もする。
*私は、ダメージがある最初のうちは休ませていいと思うんですよ。
怠惰になれた長期不登校にモヤっとするんです。
理解のある大人の姿に
縛られて自分の気持ちに嘘をついているならば、
認められないからぶつかることを学べば良いだろうか。