悪の権化のような旧統一教会に家族や人生を犠牲にされた山上被告が旧統一教会を政治的にもPRした安倍元首相を射殺した裁判は、山上被告に無期懲役を下しました。

 

この量刑は重すぎるのではと思いました。

 

奈良地裁田中裁判長は「旧統一教会への怒りはあったにせよ殺人実行までは飛躍である。合理的な手段を模索せず、殺人の実行に生い立ちが大きく影響したとは認められない」「被害者(安倍元首相)の落ち度は何ら見当たらない。被害者の妻(安倍昭恵)が今も喪失感を抱えていることは十分に理解できる」(判決文の特筆すべき部分を抜き出しました) と結論しました。

 

犯行から判決まで4年、こんなにかかったのは被告の生い立ちに旧統一教会の悪行がいかに酷かったものかを説明していたのに、これを全て削ぎ落し、一方大好きと公言していて韓国に度々友達と遊びに行っていた安倍夫人(当然韓国では旧統一教会の方々が素晴らしいアテンドをしていたのでしょう)の喪失心情を理解できるとは、この裁判長の少しおかしいところではないでしょうか。

 

また安倍元首相は旧統一教会の布教(教会の反共産主義の一面しか見ないようにして)を後押しし、安倍派の議員は旧統一教会の無償の人的支援を受けていましたので、これらを安倍氏に何の落ち度もなかったとはどうでしょう。 安倍氏の母親は安倍氏にもう少し旧統一教会とは距離を置くようにと助言もしていましたし。

 

田中裁判長は、被告に殺人以外に合理的な手段があったかのようないいようですが、220億円もの金額を日本人から吸い続けられる、日本(人)を悪者にすればするほど儲かる、金づるの日本での布教を、容易に手放すはずはありません。大きな事件・布教の大元を潰さねばならない事は自明でしょう。 田中裁判長に聞きたい「こんな状況下に誰がこれを止めさせる合理的な手段を思い浮かぶことが出来ますか?」

 

また終身刑(約30年)が適当だと信じる裁判官に、この犯罪は山上氏と教会を支援していた議員で共に負うことは可能だろうか、と問いたい。 多分無理でしょうが、刑を軽くするため、旧統一教会の資料ベースの自民党議員290人が山上支援と称して、議員は一カ月謹慎処分が適当とすれば、290÷12=約24年を裁判長に提供して、刑を30年から24年差し引いて6年の懲役刑で被告を裁くのはどうだろう。

 

昔刑法を学んでいた時 犯罪は刑法の構成要件と合致させてみるのが適当(団藤重光派)とするものと 被疑者の犯罪的意思を重視する主観客観説(木村亀二派)に分かれていました。団藤派は犯罪を升で計るモノ、木村派は意思重視でみるモノと 食堂が語ったものでしたが、今回の田中裁判長は升派?社会通念が刑法の背景にありますので、犯罪行為だけでなく社会や被告の置かれていた環境も刑法の升を変えるでしょうに?

 

田中判決が日本の司法なら、明らかに行政や立法の現状とは不釣り合いです。

 

行政は役人に緩く、律儀な人間やサラリーマンの税で成り立ち、例えば外国人などの手間がかかる問題には放置放任主義。 立法は何でも平等が良いと公平感に欠ける法が当たり前で、仕事しない議員数が多すぎる甘い世界。 司法は実態を見ない・条文と上司からの圧力で画一的な対処で進んでいる。

 

奈良地裁の判決に思うこと書いてみました。

 

では