綺麗

昨日が月と地球が近づくっていうスーパームーンで

今日が満月で

夜なのに明るい

夜なのに恐怖感がない

いい具合に雲がかげっていてきれい

なんでも助演がいい働きをしていないとね

街灯に照らされている

うちの満開の桜もきれい

夜なのに

夜だから

月はいつもその姿を変えるのに

いつでもタダで見れる


あれがない これもない

どんな希望も叶えたい欲張り

そんな僕らの足りないものだけそっと包むように

夕凪の最後には優しく揺らぐ風

海岸通りに春が舞う

ASIAN KUNG-FU GENERATION

『海岸通り』



涙がお金になれば

涙が食べ物になれば

涙が電気になれば

涙が石油になれば

涙が命になれば

でも

そうはならない

人間だから

神様なら出来そう

もののけなら出来そう

僕が何をしようとも誰も生き返らせることは出来ない

それでも諦めきれないから

どうにか

涙が笑顔になれば



必要としているのは『必要』なものだけではなくて

『不必要』なものもまた必要なはず

不必要なもの、無駄なものを大事にしているお国柄だったと思う

そんなところが好き


心に余裕があるからこそ

こんなに亡くなっている方が多いとは思わなかった

地震や津波の脅威というのは僕らの想像を遥かに越えてくるんだね

だからそんなに被害者がでるんだよね

何も恨みようがないから

死んでも死にきれないな

亡くなった人は

明日も生きていると思いながら

今日もいつもと変わらず生きていたんだろうな

明日、自分は死ぬなんて誰が思うだろうか

こんなに平和な国なのに

こんなに技術の発達した国なのに

それでもこんな虚しい死に方があるんだ

テレビの生中継で

リポーターの後ろでテレビに映ろうとしている人にイラっとしながら

世界では今回の震災がどう報じられているのか

ずっと気になっていた

サッカー業界では

FIFAに始まり

ミラン、インテル、マンチェスターユナイテッド、リバプールなど

それにスーパースター個人が声明を出していて

そういうをみると世界を驚かすほどの被害だったんだなと認識させられました

それと同時に

スポーツというもののあり方というか

夢や希望を与えたり、人をいたわったりそういう人間性の上に出来ているのがサッカーであることを再認識

そんなサッカーを好きでよかったなと思う

サッカーに限らず

世界各国が支援の準備を整えていて

そういう助け合いが絆を深めて

きっと世界平和に向かっていけばいあ


今日のスペチャのコミューンには

映らず



惜しかったけど

放送はあと3回あるのかも


MC

鹿野淳さん

ゲスト

チャットモンチー

スペースシャワーTVのスペチャという番組のコーナーである

コミューンfrom KDDI デザイニングスタジオの番組観覧が当たったので原宿に行ってきました

少し早めに行ったら

鹿野さんがリハーサルをしていて

見ていたらそのときに観覧者が質問するコーナーがあることがわかり

ということは良い質問、答えてもらえるような質問を考えないといけないわけなんですが


あの鹿野さんがすぐそこにいるかと思うと焦っちゃって

もう何を考えたらいいかわかんなくなってしまったので

1時間かけて絞り出しました

いざ白紙の厚紙に質問を書こうとして

キレイに書こうと

なるべく大きく書こうとするあまり

当然、書いている手が震え

結局、字は汚なくなりました

いつもはけっこう綺麗な字を書くはずなんだけど


そして

誰も気にしないかもしれませんが

もしかしたら番組をみると

奇跡的に映ることがあるかも

ホントはちょっと気にして欲しいけど


でも

このブログを読んでいる人は僕の顔を知らないから

例え映っていようともわからないんですが

だからといって服の色とか服装を言ったらすぐわかっちゃうかもしれないし

なにも言わないっていうのもつまんないと思うので

もしカットされてないとしたら

番組の中で何人か質問が取り上げられていて

自分の質問も鹿野さんに取り上げてもらったので

それぞれの質問者の顔が映っていた時は

その中のどれかかもしれないし

どれでもないかもしれない

あとはこの文面からイメージする人物像を重ね合わせてもらえたら

あとは笑顔がひきつっている人とか


悲しいことが悲しくはない

嬉しいことがうれしくはない

もう訳がわからない


今はただ子供のフリをして回避しているんだ

無関係を装ってんだ

無関係だと思わせてくれる優しさに甘えているんだ

だけど

関係ないわけがないんだ

自分の身を削ることなく

ひとの身を削っているんだ

生まれてきたばかりの赤ん坊でさえそんなことはしないのに

明日になれば何が変わるのか

同じ様なことを

3ヶ月まえも

1年まえも

‘考えていた’ような気がする


ジャケ買いというか

好奇心買いというか

結局、衝動買いというか

そもそも好奇心買いなんて言葉は無いというか

好奇心買いって普通の買い物のことだし

そんなことを思いながら

オシャレは足元からということで

靴が欲しくて

ちょっと高めだけど、気に入った洋服と靴を見つけて

値段的に買えないことはないんだけれど

それを簡単に買ってしまう程、お金に余裕もなくて

靴を買ってしまうとカメラがかえなくなってしまうという

そういう葛藤もあって

人間だけでなく靴とカメラにも悩まされる

そのくせ

そんなに深く考えることなく

ついシングルCD3枚と本1冊を買ってしまうという

衝動買いの様でありながら

実際に欲しいと思ったものを買ったわけで

ジャケットがよかったことも決断をあまり迷わせず

だけど本を買うのはいいけど

読むスピードがついていけなくて

この1ヶ月くらいで買ったけど読んでいないせいでたまっている本が9冊くらいある

悪いのは僕のせいじゃないでしょ

本のせいでしょ

昨日、買った本も1800円くらいしたし


僕のいるところだけ時間は進む

君のいるところでも時間は進む

いや

そうじゃない

君のいるところで時間は進まない

時間が進むのは

僕が君の元へ行った時だけ

ぼくは僕だけじゃない

君もまた

ぼくだから


かじかんだ手では

何も傷つけない

何も守れない

手袋をつける

手袋は心も温めた

僕も誰かの心を温められるかな

僕も手袋になれるかな

いっそう寒くなってきた

さぁ誰の出番だろうか

自分を温める準備はできているだろうか

独りだと温度調節は難しいか

ちょうどいい加減がわからなくなってくる

ときどき誰かに温めてもらおう

その温度を覚えておこう