祇園祭について
祇園祭について
さて、前回お話ししましたとおり祇園祭について書いていきたいとおもいます。
そして、僕は祇園祭は京都八坂さんの祇園祭だけだと思っていたのですが、そうではなく全国にあるみたいですね。
田舎者丸出しです笑
今回は、京都祇園祭について書いていきたいとおもいます。
京都祇園祭とは、日本三大祭り、京都三大祭り、日本三大曳き山の1つに数えられています。お祭りの期間は、7月いっぱい続く長いお祭りです。
先ほども書きましたが、京都の八坂さんのお祭りなので京都市四条および三条周辺がお祭りの中心です。
実は、祇園祭のメインは「山鉾巡航」という巨大な山車を京都の街中引き回す事なのです。
しかし、祇園祭には他のお祭りもいっぱいありまして。例えて言うなら、富士ロックフェスとか、サマソニとかそんな感じデス。
山車は「長刀鉾」が有名です。この、山車はその山車を守っている地域と言うのがありまして。1丁目は○○鉾、2丁目は△△鉾みたいな感じデス。
そして、その山車には人がたくさん乗って「コンチキチン」を演奏します。たぶん正式名称が「コンチキチン」です。コンチキチンにかんしても、いろいろあるようですが、それはまた別の機会に。
私、実は幸運にも友達が、コンチキチンを演奏してまして一度「鉾」に入ったことがあるのですが、それはもうすごいの一言です。
柱は漆塗りで、大層磨かれており現代の工業製品と見紛うほどです。また、飾りは一本の木から削り出したであろう立体的な細工が施されていました。その精緻な彫りは、その飾りが内在する事を分かっていたかのようでした。
そして、山車を飾る織物が重厚で絢爛。あれは一見の価値ありと言いたいところですが、一般の方は見られないそうなんです。
山車の関係者から拝観券をもらわないと、中が見られないんです。また、一部は女人禁制のところもあるようです。
そして、お稚児さんがこれまたすごいんですね。
一般的なお稚児さんというのは、お祭りの間、神様に一番近い立場の人間、神様の遣い、神様自身として扱われる特別な存在です。通常その地域の有力者や資産家の子供が選ばれます。
お稚児さんの役割は、神事を執り行うことでありお祭りによって内容は様々だとおもいます。そして、祭事・神事の際には厚化粧をし、豪華な装束を着用します。
神社さんが建て替えされたときなんかにも、お稚児さんが町内を練り歩いたりしますが、祇園祭はお稚児さんに選ばれただけで大変です。
特に祇園祭のお稚児さんは「祇園祭の生神(いきがみ)様。古式に則り、八坂神社から長刀鉾町へと養子に出され、やがて神様の使いとなり、数々の儀式をこなしながら、祭りの無事を祈願します。山鉾巡行の日は、稚児が振る太刀によって注連縄が切り落とされ、これで結界を解き放ち、山鉾を先に進ませるという大役を任されています。」(www.e-kyoto.netより抜粋)
お稚児さんは、神様となるのでその間の世話や食事などに非常に気をつかいます。お祭り直前になると女の人に触れてはならず、身の回りの世話はすべて男がします。それだけではなく、お稚児さんに選ばれた家は、親戚やご近所さんに内祝い(言い方が正しいかは分かりませんが)をせねばならず、 wikipediaによると2000万円以上のお金が必要になるんだそうです。神様になるんですから、お祭り当日までの苦労は測り知れませんね・・・・・。
私の祇園祭の思い出ですが、友達と祇園祭へ行ったときでした。宵々山だったと記憶していますが、小雨が山車を濡らしていたことをよく覚えています。
四条大通りは、観光客でごった返し窮屈に傘をさしながら歩いていました。
ちょうど、四条通りに面する山車のそばを通ったときでした。山車はライトアップされていて、そのまわりだけ本当に明るかったですし、人ごみが輪をかけてすごかったのです。
その中、観光でいらっしゃったと思われるご年配の夫妻がいらっしゃったのですが、人ごみだからなのか、はたまた一本の傘でお二人歩いていらっしゃたんですね。
「やぁ、大変仲の良いご夫妻だ」と関心をしておったところ
すっと、傘が傾いたんですね。奥様の方に。そして、お二人はそのまま行ってしまわれました。
もう、とても清々しい思いでありました。もしかしたら若いころにお二人していらっしゃったのかも知れませんし、毎年いらしているかもしれません。
京都の街中、小雨、歴史のあるお祭り、歴史のある夫婦。とてもドラマチックでありました。
さて、私が関西出身なので今回は、関西のお祭りでしたが次回は、関東のお祭りを書いてみたいとおもいます。
今回も長くなってしまいましたが、読んでいただきありがとうございます!
祇園祭:http://gionmatsuri.jp/index.htm
京都ポータルサイト:www.e-kyoto.net
さて、前回お話ししましたとおり祇園祭について書いていきたいとおもいます。
そして、僕は祇園祭は京都八坂さんの祇園祭だけだと思っていたのですが、そうではなく全国にあるみたいですね。
田舎者丸出しです笑
今回は、京都祇園祭について書いていきたいとおもいます。
京都祇園祭とは、日本三大祭り、京都三大祭り、日本三大曳き山の1つに数えられています。お祭りの期間は、7月いっぱい続く長いお祭りです。
先ほども書きましたが、京都の八坂さんのお祭りなので京都市四条および三条周辺がお祭りの中心です。
実は、祇園祭のメインは「山鉾巡航」という巨大な山車を京都の街中引き回す事なのです。
しかし、祇園祭には他のお祭りもいっぱいありまして。例えて言うなら、富士ロックフェスとか、サマソニとかそんな感じデス。
山車は「長刀鉾」が有名です。この、山車はその山車を守っている地域と言うのがありまして。1丁目は○○鉾、2丁目は△△鉾みたいな感じデス。
そして、その山車には人がたくさん乗って「コンチキチン」を演奏します。たぶん正式名称が「コンチキチン」です。コンチキチンにかんしても、いろいろあるようですが、それはまた別の機会に。
私、実は幸運にも友達が、コンチキチンを演奏してまして一度「鉾」に入ったことがあるのですが、それはもうすごいの一言です。
柱は漆塗りで、大層磨かれており現代の工業製品と見紛うほどです。また、飾りは一本の木から削り出したであろう立体的な細工が施されていました。その精緻な彫りは、その飾りが内在する事を分かっていたかのようでした。
そして、山車を飾る織物が重厚で絢爛。あれは一見の価値ありと言いたいところですが、一般の方は見られないそうなんです。
山車の関係者から拝観券をもらわないと、中が見られないんです。また、一部は女人禁制のところもあるようです。
そして、お稚児さんがこれまたすごいんですね。
一般的なお稚児さんというのは、お祭りの間、神様に一番近い立場の人間、神様の遣い、神様自身として扱われる特別な存在です。通常その地域の有力者や資産家の子供が選ばれます。
お稚児さんの役割は、神事を執り行うことでありお祭りによって内容は様々だとおもいます。そして、祭事・神事の際には厚化粧をし、豪華な装束を着用します。
神社さんが建て替えされたときなんかにも、お稚児さんが町内を練り歩いたりしますが、祇園祭はお稚児さんに選ばれただけで大変です。
特に祇園祭のお稚児さんは「祇園祭の生神(いきがみ)様。古式に則り、八坂神社から長刀鉾町へと養子に出され、やがて神様の使いとなり、数々の儀式をこなしながら、祭りの無事を祈願します。山鉾巡行の日は、稚児が振る太刀によって注連縄が切り落とされ、これで結界を解き放ち、山鉾を先に進ませるという大役を任されています。」(www.e-kyoto.netより抜粋)
お稚児さんは、神様となるのでその間の世話や食事などに非常に気をつかいます。お祭り直前になると女の人に触れてはならず、身の回りの世話はすべて男がします。それだけではなく、お稚児さんに選ばれた家は、親戚やご近所さんに内祝い(言い方が正しいかは分かりませんが)をせねばならず、 wikipediaによると2000万円以上のお金が必要になるんだそうです。神様になるんですから、お祭り当日までの苦労は測り知れませんね・・・・・。
私の祇園祭の思い出ですが、友達と祇園祭へ行ったときでした。宵々山だったと記憶していますが、小雨が山車を濡らしていたことをよく覚えています。
四条大通りは、観光客でごった返し窮屈に傘をさしながら歩いていました。
ちょうど、四条通りに面する山車のそばを通ったときでした。山車はライトアップされていて、そのまわりだけ本当に明るかったですし、人ごみが輪をかけてすごかったのです。
その中、観光でいらっしゃったと思われるご年配の夫妻がいらっしゃったのですが、人ごみだからなのか、はたまた一本の傘でお二人歩いていらっしゃたんですね。
「やぁ、大変仲の良いご夫妻だ」と関心をしておったところ
すっと、傘が傾いたんですね。奥様の方に。そして、お二人はそのまま行ってしまわれました。
もう、とても清々しい思いでありました。もしかしたら若いころにお二人していらっしゃったのかも知れませんし、毎年いらしているかもしれません。
京都の街中、小雨、歴史のあるお祭り、歴史のある夫婦。とてもドラマチックでありました。
さて、私が関西出身なので今回は、関西のお祭りでしたが次回は、関東のお祭りを書いてみたいとおもいます。
今回も長くなってしまいましたが、読んでいただきありがとうございます!
祇園祭:http://gionmatsuri.jp/index.htm
京都ポータルサイト:www.e-kyoto.net