長年のファンでもないのに…
公開を躊躇ってました…
1989年
当時はまだまだビリヤードが流行ったままで… マネージャーさんとの行きつけのプールバーにはレーザージュークが設置されていて…
マネージャーさんと一緒ならば深夜も大丈夫でした。 あの時のTV業界は、初めっから25時終了予定とかのタイム・テーブルで、実際の終了時刻は27時なんていうのもザラでしたので…
因みに 父の職業柄、母はそういう世界である事は理解していました。
0:40過ぎると、どなたかが
繰り返しこの曲をリクエストしていました。
プールバーには、正直 似合わない曲。
そしてレーザージュークですのでМVで流れました。
現在 巷で昭和レトロが流行る様に、
当時でも 5,60年代のアメリカに有ったジュークボックスがレトロな感覚を醸すレーザージュークは人気でした。
レーザージュークが登場するまでは、 好みの曲をお店で聞きたければ、有線放送へお電話?リクエストするくらいだったかと。 画期的なサービスでした。
あぁ…
0:40過ぎましたね… こちらの動画と全く同じМV。
懐かしい。
我が国のビジュアル系バンドの先駆け BUCK-TICK
当時はまだ L'Arc〜en〜Ciel も 黒夢も Luna seaも 存在しなかった。
当時より五年程遡る1984年にユー・スピン・ミー・ラウンドで世界的にヒットした デッド・オア・アライブの
ピート・バーンズの様に ダークさを帯びた美しさをもつ人が 日本に存在するのが衝撃的でした。

当時の 日本は 織田裕二さん・吉田栄作さん・初代 加勢大周さん といった、 男臭さに甘味を加えた 新御三家が人気を博していました。 美しい男性の夜明けは迎えてはいなかった気がします。
曲───
歌詞の内容が 歌謡曲や アイドル曲と全然ちがう
感覚的なのも猫は気に入りました。
繰り返し聞かされ洗脳された?
それも 有るやもしれませんが
“天使のざわめき 悪魔の囁き”
“横顔はまるで刹那の美貌”
この頭、爆竹で吹っ飛んだ?様なのに、綺麗なおにーちゃんから、その様なワード… 繊細さ 好きになりました。
当時、 お姫ちゃま猫 だった猫には 彼等のファッションは好みではなかったですが、
櫻井敦司氏の繊細さは その後に登場する 彼等の様なビジュアル系バンドに対しても、 猫は 嫌悪感を抱かずに まずは聴いてみようと思わせてくれました。
櫻井氏、 最後までステージで 歌ってらした様ですね。
猫、生でお聴きしたことはありませんので、あちらへ渡りましたら続きを聴きに行きます。