我慢した人ほど許さない
今、私たちが考えなければならないのは、長い間我慢してきた人の苦しみが、いつしか「仕返し」という形に変わってしまうとき、その人をどう癒し、どう支えていくのかということです。
初めて来所されたとき、彼女はこう言いました。
「子どものために、彼が良くなるのなら、少し待ちます」
彼は、インナーチェンジングセラピーによって自分自身の脚本を見直し、グループエンカウンターを通して、それまで持っていた思い込みにも向き合っていきました。
そして少しずつ、危険な行動をする人ではなくなっていきました。
パートナーにとって「安心できる時間」も、少しずつ増えていきます。
すると、彼女の中に「試し行動」が始まります。
自分が意見を言っても、彼は嫌な顔をしないだろうか。
自分が彼の思い通りに動かなかったとしても、彼は不機嫌にならないだろうか。
彼女は、彼が本当に変わったのかを確かめるように、一つひとつ試していきます。
「あれ、怒らない。前と違う」
「確かに、変わってきたみたい」
そうした経験を重ねる中で、彼女の中には、二つの感情が生まれてきます。
「ホッとする自分」と、「なぜかイライラする自分」です。
ホッとする自分は、子どもの笑顔に敏感になります。
子どもたちは、パパとママの間にあった緊張が少しずつ緩んでいることを、言葉ではなく感覚で感じ取っています。
そして、子どもたちの笑顔が増えていく。
その姿が、彼女自身の安心や喜びにもつながっていきます。
ところが、その一方で、自分の中に残っている「怒り」や「イライラ」に支配されてしまう人もいます。
「私は、あれだけ我慢してきた」
「簡単に許してしまっていいのだろうか」
「もっと苦しめばいい」
「彼を喜ばせたくない」
「別れて、痛い目に遭わせてやりたい」
そうした感情が、時間の経過とともに大きくなっていくことがあります。
そして、夫婦関係が修復に向かっているにもかかわらず、心から喜ぶことができなくなってしまう。
その怒りが、やがて不機嫌という形で相手に向けられることもあります。
ここで、私たちは立ち止まって考える必要があります。
「被害を受けた人が、なぜ加害する側に回ってしまうのか」
もちろん、過去に受けた暴力や傷つきが消えるわけではありません。
長い間我慢してきた人の怒りには、それだけの理由があります。
だからこそ、その怒りを「間違った感情」として否定するのではなく、その奥にある痛みや喪失感、孤独、そして「本当は分かってほしかった」という思いに目を向ける必要があります。
一方で、その怒りが現在のパートナーや子どもに向けられるようになれば、そこには新たな問題が生まれます。
夫である彼らは、この時期、とても敏感になります。
「妻を怒らせたくない」
「地雷を踏まないようにしなければ」
そう考え、慎重に、慎重に生活するようになります。
授業で教わった通り、
「地雷を踏んでいないはずだ」
「過去のことがフラッシュバックしているのかもしれない」
「とにかく謝ることに徹しよう」
と考える。
それでも、妻の不機嫌や怒りが収まらない。
すると彼は、次第に、
「自分は、なぜ怒られているのだろう」
「何をしてはいけなかったのだろう」
と分からなくなっていきます。
そして、妻の顔色をうかがい、ビクビクしながら生活するようになる。
ここで、夫婦の力関係が再び大きく崩れてしまう可能性があります。
そして、その影響を最も敏感に感じ取るのが、子どもです。
「パパが怖かった」
そう感じていた子どもが、
「今度はママが怖い」
と感じるようになる。
ところが、この段階になると、親自身が子どもの表情の変化に気づけなくなっていることがあります。
子どもが「ママ、怖い」と伝えたとしても、
「私は一人で頑張ってきた。今もそう」
と、自分がこれまで耐えてきた苦しさを根拠に、自分の行動を正当化してしまう。
ここには、とても難しい問題があります。
被害を受けた人を責めてはいけない。
しかし同時に、
被害を受けた人だからといって、その後の行動がすべて許されるわけでもない。
この二つを、私たちは同時に考えなければならないのではないでしょうか。
以前、カウンセラーの先生から、
「リエゾンの男性は、優しくなりすぎる」
と言われたことがあります。
その言葉を、私は今も考え続けています。
男性が変わる。
危険な行動をしなくなる。
妻や子どもが安心できるようになる。
それは、とても大切なことです。
しかし、それだけでは十分ではないのかもしれません。
被害を受けた人の心が回復していくこと。
過去の怒りが、現在の誰かを傷つける力に変わらないこと。
そして何より、
子どもが、もう一度安心して笑える家庭を取り戻すこと。
昨夜のグループでも、みんなで考えました。
「どうしたら、子どもの笑顔を守れるのか?」
DV加害者更生プログラムの目的は、単に「加害者を変える」ことではないのではないでしょうか。
加害する人も、被害を受けた人も、その連鎖から抜け出す。
そして、その過程で、子どもが新たな暴力の影響を受けないようにする。
そのために、私たちは「加害者への介入」だけではなく、被害を受けた人の回復にも目を向けなければならない。
家族の中に、再び安心と笑顔を取り戻すために。
DV加害者更生プログラムの真価が、今まさに問われています。