バレエ『白鳥の湖』と言えば、オイラのブログでは何度か出てきている作品で、数あるバレエ作品でも、群を抜いて有名で、バレエの代名詞とも言える。
バレエを見た事のない人には『白鳥の湖』と聞いても、白いチチュの女性ダンサーがポワントでトコトコ歩いているだけのイメージがある人も多いようだが、そんな事はなくダイナミズムとドラマ性の迫力が秀でていて、特に116年も前のマリウス・プティパ版が、今でも一番頻繁に上演されている。
マリウス・プティパ版の面白いところは、白鳥(オデット)と黒鳥(オディール)を同じ人物が踊る事。
これには、紆余曲折があったそうだ。プティパ版の初演までオディール役が決まらず、オデット役のプリマ、ピエリーナ・レニャーニが仕方ないのでオディール役も一人2役で踊ったら、大成功を収め以後定着した。
振付家によっては、オデットとオディールは別の人物なんだからと言う事で、プティパ版を原版においているにも拘わらず、別の人物の配役を充てる人がいるが、やはり偶然の賜物とは言え、清純な姫のオデット(白鳥)と、悪魔(ロットバルト)の娘の官能的なオディール(黒鳥)を一人二役で踊るのは、人間の二面性や多面性を表現しているようにも感じられるため、そこに観客はドラマ性だけでなく、もっと別な人間の本意を見出すのでもある。
プティパ版の白鳥の湖の話しのあらすじは有名なので割愛しよう。
で、話しがそれたが、本題の映画『ブラック・スワン』を観た。
これが、オイラみたいに20年以上もバレエを見ている人間には『白鳥の湖』なんて何度見たか分からないわけで。
映画の冒頭部分で主人公の夢に出てきたロットバルトを、ボリショイ版に似ていたって主人公が呟くけど、イギリス版の間違いだよなと思ったり、
黒鳥のパ・ド・ドゥのコーダのグラン・フェッテ・アン・トゥール・ナン(32回転)が出来ないシーンがあるけど、アメリカン・バレエ・シアター(おそらくニューヨークのメトロポリタン歌劇場が何度か映っていたのでABTだろう)のプリンシパルに抜擢される人間が、素人ダンサーでも踊れる人も多い振付が出来ないわけがないじゃん、と思ってしまったり、本物のバレエを何度かは見ているので知っているが故に、いちいち気になる事も多かった。
主演のナタリー・ポートマンは、この役のために10ヶ月の猛特訓をしたと言うけど、たったの10ヶ月で踊れるようになるほどバレエは甘くなく、しかも踊りを見る限り、本人の踊っているシーンは極端に少なく、顔が映っていなかったりぼやけている時の踊りは、ほとんどがボディ・ダブルのダンサーである事が明白。顔が映っている時はカメラワークで誤魔化していた。ポワントのシーンでも足元を写さないので、ポワントすら出来ていなかったのであろう。10ヶ月の猛特訓どころか、あれじゃ10ヶ月ちょこっとレッスン受けただけだろうね。8割はナタリーが踊っているなんてハリウッドの誇大広告もいい加減にして欲しい。
とは言え、あの卓越した演技力は素晴らしく、最初はいちいち気にしていたのが、真に迫る演技力で、バレエの事など、あっと言う間にそっちのけで、映画に魅入ってしまった。
主人公が移動する度に、がたがたするカメラワークも20世紀後半のドキュメンタリー映画を彷彿したけど、なぜかすぐに気にならなくなる。
この映画は不気味なサイコスリラーで、白鳥のような主人公が黒鳥も踊らなければならないために、黒鳥になりきるために、もともと気弱だった精神のバランスを悪化させて行く凄惨な映画。だんだんとすごい事になっていく。
思わず目を伏せたくなるような、グロテスクなシーンもある。それがジャンク映画やスプラッター映画であったら見ていられるのに、もう思い出すだけで、背筋がぞっとむせ返るような痛くて恐ろしいシーンが盛りだくさん!
ゆっくりと始まって、だんだんすごい事になるって、なんだか日本のお能でも見ているよう。でも最後に行くにしたがって、あまりの恐怖に手が汗ばんで、心臓の脈拍が極端に早くなったし、吐き気すら覚えるほどの状態になってしまった。
こんなに良く取れたサイコスリラー映画はないだろうな。R-15で正解。
もう怖くて見る気がしないけど。
主演のナタリーは、普通よりは整った顔をしているけど、これと言ってずば抜けたべっぴんさんでもなければ、強い個性もない女優だったので、落ち目だったけど、この映画で見事に返り咲き、オスカーも手にした!!
いや、この映画まじですごいから、いろんな賞を総なめするよな。
監督のダーレン・アロノフスキーは、映画ファンの間でも有名な監督で『レスラー』が有名らしい。
かなり印象深く残ったシーンが多い映画だ。
監督 ダーレン・アロノフスキー
出演
ナタリー・ポートマン
ヴァンサン・カッセル
ミラ・キュニス
バレエを見た事のない人には『白鳥の湖』と聞いても、白いチチュの女性ダンサーがポワントでトコトコ歩いているだけのイメージがある人も多いようだが、そんな事はなくダイナミズムとドラマ性の迫力が秀でていて、特に116年も前のマリウス・プティパ版が、今でも一番頻繁に上演されている。
マリウス・プティパ版の面白いところは、白鳥(オデット)と黒鳥(オディール)を同じ人物が踊る事。
これには、紆余曲折があったそうだ。プティパ版の初演までオディール役が決まらず、オデット役のプリマ、ピエリーナ・レニャーニが仕方ないのでオディール役も一人2役で踊ったら、大成功を収め以後定着した。
振付家によっては、オデットとオディールは別の人物なんだからと言う事で、プティパ版を原版においているにも拘わらず、別の人物の配役を充てる人がいるが、やはり偶然の賜物とは言え、清純な姫のオデット(白鳥)と、悪魔(ロットバルト)の娘の官能的なオディール(黒鳥)を一人二役で踊るのは、人間の二面性や多面性を表現しているようにも感じられるため、そこに観客はドラマ性だけでなく、もっと別な人間の本意を見出すのでもある。
プティパ版の白鳥の湖の話しのあらすじは有名なので割愛しよう。
で、話しがそれたが、本題の映画『ブラック・スワン』を観た。
これが、オイラみたいに20年以上もバレエを見ている人間には『白鳥の湖』なんて何度見たか分からないわけで。
映画の冒頭部分で主人公の夢に出てきたロットバルトを、ボリショイ版に似ていたって主人公が呟くけど、イギリス版の間違いだよなと思ったり、
黒鳥のパ・ド・ドゥのコーダのグラン・フェッテ・アン・トゥール・ナン(32回転)が出来ないシーンがあるけど、アメリカン・バレエ・シアター(おそらくニューヨークのメトロポリタン歌劇場が何度か映っていたのでABTだろう)のプリンシパルに抜擢される人間が、素人ダンサーでも踊れる人も多い振付が出来ないわけがないじゃん、と思ってしまったり、本物のバレエを何度かは見ているので知っているが故に、いちいち気になる事も多かった。
主演のナタリー・ポートマンは、この役のために10ヶ月の猛特訓をしたと言うけど、たったの10ヶ月で踊れるようになるほどバレエは甘くなく、しかも踊りを見る限り、本人の踊っているシーンは極端に少なく、顔が映っていなかったりぼやけている時の踊りは、ほとんどがボディ・ダブルのダンサーである事が明白。顔が映っている時はカメラワークで誤魔化していた。ポワントのシーンでも足元を写さないので、ポワントすら出来ていなかったのであろう。10ヶ月の猛特訓どころか、あれじゃ10ヶ月ちょこっとレッスン受けただけだろうね。8割はナタリーが踊っているなんてハリウッドの誇大広告もいい加減にして欲しい。
とは言え、あの卓越した演技力は素晴らしく、最初はいちいち気にしていたのが、真に迫る演技力で、バレエの事など、あっと言う間にそっちのけで、映画に魅入ってしまった。
主人公が移動する度に、がたがたするカメラワークも20世紀後半のドキュメンタリー映画を彷彿したけど、なぜかすぐに気にならなくなる。
この映画は不気味なサイコスリラーで、白鳥のような主人公が黒鳥も踊らなければならないために、黒鳥になりきるために、もともと気弱だった精神のバランスを悪化させて行く凄惨な映画。だんだんとすごい事になっていく。
思わず目を伏せたくなるような、グロテスクなシーンもある。それがジャンク映画やスプラッター映画であったら見ていられるのに、もう思い出すだけで、背筋がぞっとむせ返るような痛くて恐ろしいシーンが盛りだくさん!
ゆっくりと始まって、だんだんすごい事になるって、なんだか日本のお能でも見ているよう。でも最後に行くにしたがって、あまりの恐怖に手が汗ばんで、心臓の脈拍が極端に早くなったし、吐き気すら覚えるほどの状態になってしまった。
こんなに良く取れたサイコスリラー映画はないだろうな。R-15で正解。
もう怖くて見る気がしないけど。
主演のナタリーは、普通よりは整った顔をしているけど、これと言ってずば抜けたべっぴんさんでもなければ、強い個性もない女優だったので、落ち目だったけど、この映画で見事に返り咲き、オスカーも手にした!!
いや、この映画まじですごいから、いろんな賞を総なめするよな。
監督のダーレン・アロノフスキーは、映画ファンの間でも有名な監督で『レスラー』が有名らしい。
かなり印象深く残ったシーンが多い映画だ。
監督 ダーレン・アロノフスキー
出演
ナタリー・ポートマン
ヴァンサン・カッセル
ミラ・キュニス