
ここで1862年に、かの有名な《生麦事件》が起こったのかー。
事件の概要
薩摩藩の島津久光の一行が、幕政に口出ししに行った帰りの東海道(大名行列のようなもの)。
ある程度、幕府に要求が通ったものの、当時、攘夷派だった薩摩藩としては、まだイライラが募るところ。
そこへ、横浜の領国に住んでいたイギリス人の4人組が乗馬で川崎大師に観光した帰りに、東海道で薩摩藩の一行と横浜の生麦で鉢合わせ。
あろうことか、とがめられたのに関わらずイギリス人達は馬から降りずに脇道を通って行こうとし、3人がザックリ斬られ1人が殺される。
イギリスでも、高貴な人の前では、馬から降りて、脱帽し、こうべを垂れ、敬意を表す習慣があるはずなのに、それを欠いたのは、イギリス人達のアジア人に対する蔑視からであろうと、なるぞーは浅慮するところ。
後に薩英戦争に発展し、戦争は痛み分けになることから、
薩摩は攘夷が出来ない事を思い知らされ、イギリスは薩摩の軍事力と政治力を利用する。
イギリスと薩摩は友好関係を結び、倒幕へと時代が進む。
なるぞーは、ウヨでも無ければ、こくすい主義でも無いけど、日本人としての矜持を保った彼らの精神には敬意を表すヽ(゜▽、゜)ノ
んで、所用のついでに生麦事件の石碑を探したけど見つからんかった┐(´ー`)┌
もう来る事も無いかもしれない所なんだけどな~(^_^;