まるで仮面を用心深くとりかえるように、表情がぎこちなく変わる男だった。

 彼の人間性を理解するのは、複雑極まりない多元連立方程式の解をみちびきだすのと同じほどの厄介ごとに思われたが、裏をかえせば、あたかも詩句を織りこんだ数式で記述されるような耽美的な法則性を見いだせそうな期待をかきたてられる人物でもあった。

 ところが、科学用語でいうところの観察者効果によるものなのか、見極められそうになると実体はとりとめもなく揺らいでしまい、矛盾は矛盾のまま捨て置かれ、いったいなに者なのか、つきとめられなくなるのである。

 本作は、「原爆の父」となった理論物理学者、ロバート・オッペンハイマー(1904~67)の主観が、平和を長続きさせない、不安定で不確実な世界を、どうとらえていたのかがテーマだ。

 

 

 

 他人の目を寄せつけないために暗号化されているかのように難解な内面をひきずっている男が理解しようとした世界も、彼自身がそうであったように、観察を始めると揺らぎ始め、解像度を上げて正確なイメージをつかめそうに思えたとたん、暗黒に溶けこんで、正体をくらましてしまうのだ。

 ドイツのゲッティンゲン大学でマックス・ボルンに師事し、量子力学の先駆的な研究を手がけたオッペンハイマーは、世界恐慌が始まった1929年、帰国してカリフォルニア大バークレー校の准教授になった。

 生来、人づきあいが不得手で、そのために傲慢と思われがちだった彼は、なぜか女性関係には締まりがなく、そのことを不道徳とも思っていないようだった。

 ベッドから離れると、書斎ではヒンドゥー教の経典に読みふける神秘主義者でありながら、当時、全米で勢力を伸ばしていた共産党のシンパでもあった。

 

 

 

 党員にはならず、みずからが共産主義思想の扇動者になることもなかったが、富の共有という考えに共鳴していたようだった。

 1942年、オッペンハイマーは、政府が20億ドルを投じて原爆開発に着手した極秘プロジェクト「マンハッタン計画」の拠点となったロスアラモス研究所の所長に任命され、主に爆弾本体の設計をまかされることになる。

 この大役に、気難しい陰キャの男を推薦したのは、大学の同僚で、濃縮ウランの製造チームを率いていたアーネスト・ローレンスだったという。

 素粒子の基礎研究に欠かせない加速器のサイクロトロンを発明して、すでにノーベル物理学賞を手にしていたローレンスは、気心の知れた数少ない友人であるとともに、こみあげてくる劣等感をごまかさなければならないライバルでもあった。

 オッペンハイマーの心中には、愛国心や科学者のフロンティア精神とは異質の、前のめりになる重心の傾きがあったはずだ。

 ついでながら、そこに至るまでの原爆開発をめぐる世界情勢に手短に触れておこう。

 そもそも、1938年にウランの核分裂反応を発見したのはドイツの科学者だった。

 ナチ政権がすぐさま、この膨大な熱エネルギーを放出する現象の軍事転用の研究に取りかかったことはいうまでもない。

 さらに、実現可能なウラン原爆の原理が、1940年にイギリスの物理学者によって解き明かされた。

 急テンポで実用化の目処が立ったわけだが、莫大な資金を要する爆弾製造はイギリス一国では手に余るため、同盟国のアメリカに研究成果を伝え、ルーズベルト大統領に最終兵器の完成を託したのだった。

 

 

 

 

 ナチに先を越されないことが至上命令だったマンハッタン計画は、独裁者の自決とドイツの降伏で大義を失ったが、もはや、だれにも止められなくなっていた。

 仮に日本の敗北も早まり、原爆の一撃で引導を渡すまでもなくなったとしても、計画は続行されただろう。

 来るべき大戦の勝者となるために、望みどおりに地獄の業火が現れて、情け容赦なく地上を焼きはらう惨禍を見届けておかなければならなかったのだ。

 人類が初めて原爆を爆発させた「トリニティ実験」に立ち会ったオッペンハイマーは、そのとき恐れおののきながらヒンドゥー教の聖典とされる詩篇「バカヴァッド・ギーター」の一節「我は死なり、世界の破壊者なり」を思い浮かべたと回想している。

 監督のクリストファー・ノーランは、この実験そのものが人類を瞬時に滅ぼす災厄となるリスクも予見されながら決行された事実にひきつけられ、映像化のモチベーションになったと語っている。

 それは、核爆発が核融合の連鎖反応を引き起こして地球全体の大気を焼きつくし、死の惑星にしてしまうという仮説だった。

 その可能性はごくわずかとされてはいたものの、完全に排除しきれないまま、オッペンハイマーたちは原爆の起爆スイッチを押したのである。「私は観客をその部屋に連れこみ、その会話が交わされる時に、ボタンが押される時に、立ち会ってもらいたかった」

 この人類滅亡も想定された決断の一件は、まるで作品をまたいで伏線を張るように前作「TENET テネット」でも引き合いに出されていて、「世界初の原爆実験をおこなったオッペンハイマー博士は、核分裂の連鎖反応が、この世界をのみこむことを危惧していたが、破滅をまぬがれた」というセリフがある。

 

 

 

 実戦で原爆が投下され、おびただしい死と破壊を敵国にもたらしたことで、優柔不断に人類の運命を洞察してこなかったオッペンハイマーは英雄に祭りあげられたが、戦後は水爆開発に異議を唱え、国際共同管理による核軍縮を主張したため、赤狩りの渦中にソ連のスパイと疑われ、公職を追放された。

 映画の時制は、戦前、戦時下、戦後をめまぐるしく行きつもどりつする。その目まいを誘うような時間軸上のラリーが、無力な孤独感をつのらせてゆく。

 死神になってしまった彼は、過去と未来にそれぞれ異なる顔を向けている双面神ヤヌスに転生し、核なき過去と、はちきれそうなほどに破滅の予感が充満している未来のつながりと均衡を取り戻したかったのではないか。

 どこにも居場所のない世界に、行くあてもなくたたずみながら。

【参考:NHK「映像の世紀バタフライエフェクト マンハッタン計画 オッペンハイマーの栄光と罪」/松木秀文、夜久恭裕著「原爆投下 黙殺された極秘情報」(NHK出版)】

 

《2023年/米国/原作:カイ・バード、マーティン・J・シャーウィン著「オッペンハイマー」(ハヤカワ文庫)/監督・脚本:クリストファー・ノーラン/撮影:ホイテ・ヴァン・ホイテマ/編集:ジェニファー・レイム/音楽:ルドウィグ・ゴランソン/プロダクションデザイン:ルース・デ・ヨンク/出演:キリアン・マーフィー、エミリー・ブラント、マット・デイモン、ロバート・ダウニー・Jr、フローレンス・ピュー、ジョシュ・ハートネット、ケイシー・アフレック、ラミ・マレック、ケネス・ブラナー/第96回アカデミー賞:作品賞・監督賞・主演男優賞・助演男優賞・撮影賞・編集賞・作曲賞》