特撮への偏愛が高じて、心ならずも病になってしまわれた、なかなか業の深い患者さまに、とっておきの映像のお薬をお出しする、知る人ぞ知るドラッグストア、円谷(つぶらや)堂へ、ようこそおい出くださいました。
当方は、「謎の円盤UFO」のSHADO本部のように、人目をはばかるアンダーグラウンドな活動をしてはおりますが、そこはなんといっても、わが国最古の老舗中の老舗でございますから、どうかご安心を。
ご存じのとおり、最近のお薬は、なにかとジェネリックがもてはやされておりますけれど、今回、処方されておりますのもジェネリックのウルトラマンでございます。
とはいっても、そんじょそこらのジェネリックとは出来が違う代物でして。
薬のそれは、効能が、高価だった先行の薬とまったく変わりなく、それ以上のものでもそれ以下のものでもありません。
ところが、この「ジェネトラマン」は安上がりなばかりか、成分に本来含まれてはいけないはずの非合法な薬物が混入されているかのように、両目を見開かせ、漫然と座って見ているのが後ろめたくなるほどの胸騒ぎをかき立てられる副作用が起きるのです。
オマージュなどというお気楽なものではなく、とろ火でコトコト、さまざまな特撮のスパイスをブレンドしながら幾年もかけて煮詰めて取り出されたウルトラマン愛の結晶片をひとつ残らずかき集め、打ち上げ花火で散華させたようなキラキラ衝撃波を浴びせられますから、お気をつけください。
とりあえず念のため、この40年前に公開された自主製作8ミリ映画のなりたちを、ざっとご説明しておきましょう。
1981年、大阪では3度目の開催となった第20回日本SF大会(愛称DAICON Ⅲ)の開会式で上映された8ミリフィルムのショートアニメが、来場者一同を仰天させる出来ばえで全国のSFファンに知れわたりました。
内容は、ランドセルを背負った女の子が丸腰のままパワードスーツとタイマン勝負を張り、「スタートレック」のエンタープライズや「未来少年コナン」のギガント、宇宙戦艦ヤマトなどといった有名どころのSFメカを手当たり次第に爆破して、しなびかけたダイコンにコップ1杯の水を届けて救うというぶっ飛んだパロディですが、当時、大阪芸大芸術学部映像計画学科の同期生だった庵野秀明、赤井孝美、山賀博之の3人で、ほとんどつくりあげた作品でした。
岡田斗司夫は自身のYouTubeで、このアニメがつくられた意義について、「庵野秀明には、頭の中だけではなく、動かないと思われたものを描いて動かす、手の作家性がある。それがここから始まった」と解説しています。
その成功体験で表舞台へ乗り出す波の先っぽをつかんだ彼らは、後のガイナックスの母体となる自主映画制作グループ、DAICON FILMを旗揚げ。2年後、またもや大阪で開催されることになった日本SF大会(DAICON Ⅳ)のプロモーションのため、ウルトラマンが登場するハードな実写版特撮映画を世に問うたわけです。
ストーリーは、大都市の近郊にある、のどかなベッドタウンらしきヒラツネ市に突如、「ラムダ1」と名づけられた直径60メートルの隕石が落ち、中心の市街地が瞬時にして壊滅してしまった大惨事が発端となります。
隕石の中から3体の謎の巨大生命体が出現したため、怪獣攻撃隊(MAT)基地は、隕石と思われたものの実体は怪獣を送りこむためのカプセルであり、外宇宙からの侵略行為であると断定、マットジャイロやマットアロー1号を出撃させます。
一方、地球防衛軍参謀本部は、被災地の周辺に、まだ多くの生存者がいるにもかかわらず、熱核兵器の使用もやむなしと結論づけたため、にわかに緊張が高まります。
画コンテ(「庵野秀明展」図録より)
マットジャイロ設定(「庵野秀明展」図録より)
マットジャイロ(紙製、再制作品)
やがて、てんでに暴れまわっていた巨大生命体は合体し、宇宙最強の増殖怪獣バグジュエルへと変態をとげます。
MATのレーザー砲攻撃は、怪獣のバリアでことごとくはね返され、マットアロー1号も撃墜されてしまう始末。
膠着状態が続くなか、ついに核攻撃命令が下され、MAT基地では、隊長みずから熱核兵器を搭載したマットアロー1号に乗りこんで出撃します。
しかし、ハヤカワ隊員は、その命令に身をていして抵抗したため、鉄拳制裁されたうえ、自室に監禁されてしまいます。
じつは彼こそがウルトラマンだったのです。
見かけは黒ぶちメガネのウルトラアイを装着してウルトラマンに変身すると、ヒラツネ市へ飛び立ち、すんでのところで隊長機の核攻撃を食い止めて、バグジュエルとの死闘に挑んだのでありました。
変身して巨大化したウルトラマンは、監督の庵野秀明が顔出しして演じていて、上半身はウルトラマンの体表の模様をペイントしたウインドブレーカー、下半身はジーンズにスニーカーといういでたちで、記号的な超人ヒーローになりきっています。
ちなみにカラータイマーは、爪楊枝の入れ物の蓋を、それらしく改造して胸元に貼りつけていたそうです。
驚くべきことに、MATのメカや建物などのミニチュアは、すべて紙でできていましたが、精魂こめて細密につくりこまれていて、特撮シーンのクオリティーは、1970年代までのテレビ番組と比べてみても、けっして見劣りしていません。
実相寺昭雄の視点を踏襲したカメラワークにも無駄がなく、役者の渾身の「棒演技」も気になりません。
庵野ワールドの原点ともいうべき、この映像、用法用量の決まりは特にございませんので、お好きなだけリプレーしてください。
《1983年/DAICON FILM/総監督:庵野秀明/脚本:岡田斗司夫/撮影・編集・特技監督:赤井孝美/撮影協力:山賀博之/出演:武田康廣、林収一、澤村武伺、業天隆士、西由紀、西垣寿彦、庵野秀明/プライムビデオで配信中》