神は、気が触れてなどいなかった。

 神の裁きは、正しく行われているのだから。

 この、ひき裂かれたはらわたの肉片が浮き沈みしている、糞と膿の壺に突っこんだ腕の皮膚の感触を目に見えるようにしたかのような映画の冒頭で引用されている旧約聖書のレビ記26章は、人が、神によって定められた、守るべき戒律を軽んじて、そのすべてに背いたとき、どのように罰せられるべきかを事細かに述べ、並べ立てている。

 いわく、「あなたがたの上に恐怖を臨ませ、肺病と熱病をもって、あなたがたの目を見えなくし、命をやせ衰えさせるであろう」

 「あなたがたの憎む者があなたがたを治めるであろう。あなたがたは追う者もないのに逃げるであろう」

 「わたしはまた野獣をあなたがたのうちに送るであろう。それはあなたがたの子供を奪い、また家畜を滅ぼし、あなたがたの数を少なくするであろう」

 「それでもなお、あなたがたがわたしに聞き従わず、わたしに逆らって歩むならば、(中略)あなたがたの罪を七倍重く罰するであろう。あなたがたは自分のむすこの肉を食べ、また自分の娘の肉を食べるだろう」

 特殊効果や視覚効果でアカデミー賞を2度も受賞した特撮の鬼才、フィル・ティペットが、神技の域に達したストップモーションアニメで約30年かけてつくりあげた映像は、まさに神を否定し、はずかしめた恥知らずな罪びとたちが堕ちるべき無間地獄の絵図を描き出している。

 

 

 

 

 その暗黒の地底世界では、異形の巨人が拷問されて垂れ流したビチビチの糞便から大量生産された、ゾンビのようなシットマン(クソ人間)がツルハシをあてがわれ、最底辺の労働に駆り立てられている。

 なにをさせられているのかわからない、不可解な苦役には終わりがなく、しかも作業中、いとも簡単にひきちぎられたり、ひねりつぶされたりして、あっけなく死んでしまうのだ。

 その存在の無意味さは、公正な裁きによって罪深い人間たちに課せられた当然の報いなのであって、狂った神の気まぐれな所業で仕向けられたわけではない。

 

 

 タイトルは「マッドゴッド(狂える神)」だが、狂気は、神の内に在るのではない。

 吐き気をもよおすほどおぞましく、醜悪極まりないイメージとシャム双生児の兄弟のように一体となり、一心不乱にグロテスクに磨きをかけ、増殖させてきたティペットの脳内にこそ在るものだった。

 地獄めぐりの目くるめく悪夢を数珠つなぎにしたような映像にはナレーションもセリフもかぶせられておらず、ストーリーはとりとめがない。

 地上の世界にいるラストマン(人類最後の男)が、ガスマスクをかぶった兵士を潜水鐘のようなポッドに乗せて地の底へ送りこむ。

 時限爆弾をたずさえている兵士はアサシン(暗殺者)と呼ばれていた。

 働くシットマンたちをなぶりものにして雄叫びをあげるモンスターどもが跋扈する暗黒世界の破壊を命じられているようだったが、爆弾の時限装置が作動せず、アサシンは捕らえられてしまう。

 

 

 

 

 そこに、くたびれた風体の外科医が登場。手術台に縛りつけたアサシンの腹を切り裂き、内臓を残らず投げ捨てると、赤ん坊のように泣きやまない奇怪な生き物(パンフレットでは「ミートボール」と命名されている)を取り出した。

 それは、毛に覆われ、歯をむき出しにした口だけ備わっている不気味な肉塊だった。

 ミートボールは、ペストマスクをかぶって浮遊している機械生命体の錬金術師に預けられると、押しつぶされて体液を搾りとられてしまう。その汁は、精製されると黄金の粉になり、窓の外にまき散らされた。

 するとビックバンが起こり、新たな宇宙が創造されたのだが、そこでも人類は性懲りもなく愚かな争いを繰りかえし、滅んでしまうのだった。

 みずからマッドゴッドとなったティペットは、正気を失った人類を永遠に許さないつもりだ。

 

 

 

 

《2021年/米国/監督・脚本:フィル・ティペット/撮影:クリス・モーリー/音楽:ダン・ウール/出演:アレックス・コックス、ニキータ・ローマン》