呼吸するように、ボケて、つっこむ修業のために、古き良き時代の浅草芸人は、タップダンスの流麗な足さばきをたたきこまれた。
小粋なリズム感を血肉に染みこませていれば、板の上での当意即妙のアドリブの応酬に客を食いつかせられると信じて。
しかし、約半世紀前、人生なんのあてもなし、不機嫌そうな面がまえをした北野武が流れ着いたころの浅草は、「古き良き」どころではなくなっていた。
人のにぎわいの消え失せた、時代遅れの歓楽街だった。古ぼけた緞帳がおりて、薄暗がりに溶けこんだ、埃っぽい舞台のように。
ビートたけしの同名の自伝小説を原作とした「浅草キッド」は、界隈の同業のだれもが一目置いた伝説の浅草芸人、深見千三郎との師弟愛物語だ。
「裸と笑いの殿堂」とうたわれた浅草フランス座を根城にして、テレビを忌み嫌った(もしくは、お呼びがかからなかった)「深見の師匠」は、ストリップの幕間のコントで、目の前で股間をうずかせている客を力ずくで引きつける、ライブのお笑いの感性を鍛えあげようとした。
それはたとえば、劇中でも描かれているように、日常、いかなる場面であっても不意打ちでボケをかまして、師匠に「なんだそりゃ、バカ野郎、この野郎!」と小気味よく突っこませたり、あるいはその逆のパターンもあったりする、エンドレスのジャムセッションのような荒稽古だ。
さらに、生の舞台では、その時どきの客が醸しだす空気感を、五感を研ぎすませて読みとり、間合いや声の張りよう、セリフを微妙に変えて合わせる修練も積まされる。
ビートたけし本人の回想によると、「客も生だし、やってるほうも生だから、その一番いい会話のトーンを選んでやっているつもりなんです」ということだ(井上ひさし・こまつ座編著『浅草フランス座の時間』より)。
劇中での描写はまったくなかったが、舞台に立った武には、客とからんで、場の空気を沸かせる才能が、すでにあったらしい。
その光景を目撃した、フランス座ゆかりの作家、井上ひさしは、「渥美清さんもからみがうまい方でしたが、彼は軟派なからみ。武さんはかなり硬派なからみでしたね。『ああすごい弁の立つ若い人が出てきたな』と思いました」と述懐している(同)。
フランス座の修業で身につけたものはすべて、後の漫才のスキルアップにつながる。
アドリブをちりばめて客の反応をうかがいながら、あっけらかんと世の中の常識をひっくり返し、ものの見事にタブーをぶち壊して喝采を浴びた。憎まれ口のマシンガンのようなしゃべりも、はしばしに師匠の毒舌の口調が受け継がれていたことだろう。
武がコントに見切りをつけて漫才に転向したのは、深見門下の先輩で、先にフランス座を飛びだしていた兼子二郎、つまり後のビートきよしに口説かれたからだ。
映画では、セリフのみの説明すらなかったが、兼子にも、「もうひとりの浅草キッド」と題したくなる裏ストーリーがあった。
事のなりゆきは、ビートきよし本人が、最近もラジオなどで語っているが、彼の最初の相方は、コメディアンのレオナルド熊に弟子入りしていた男だった。
当時、浅草にあった松竹演芸場に出ていたコントコンビ「ゆーとぴあ」のホープ(城後光義)に紹介されて組んだという。
ところが、レオナルド熊が、弟子に不義理されたと邪推し、狂わんばかりに激怒したため、やむなく解散。兼子はしかたなく、フランス座で共演したこともあった武に目をつけたのだった。
コンビを組んでしばらくの間、兼子がネタを書いていたが、古めかしくて、まるで受けない。芸名も、「松鶴家二郎・次郎」→「空たかし・きよし」→「ツービート」と改名。
そうこうするうち、後にツービート名義のベストセラー本のゴーストライターとなる作家から、悪口雑言、毒まみれの漫才台本を渡されたので演芸場で試してみると、たけしにドはまりして爆笑をさらったというのだ。
場末のキャバレーまわりの仕事で、ふてくされたたけしが客にけんかを吹っかけたり、逆に、ぶちキレた客に詰め寄られると、きよしが、あわてて手品や歌で気をそらそうとしたりした下積み時代の苦労話は映画の通り。
ただひとつ気がかりなのは、相方の本気度だった。「仕事をすっぽかしたり、ベロベロに酔っぱらって現場に来たりする。この世界で生き残ろうと思っていないようだった」と、きよしは語っている(12月11日放送のTBSラジオ「土曜ワイドラジオTOKYO ナイツのちゃきちゃき大放送」より)。
そんな危うい相方をつなぎとめるため、きよしは手あたり次第に先輩芸人に頭を下げまくり、見境なく伝手をたどって、ありとあらゆる仕事を探してきた。「ゴマすってでも、なんとか相方を舞台に出そうと。酒飲んで来ようが何しようが怒らなかった」(同)
たけしがいてこそ漫才の革命児たりえたツービートだが、きよしの存在がなければ、テレビのヒノキ舞台までたどりつけなかったはずである。
ともあれ、映像は、「ビートたけしのオールナイトニッポン」を天の声のように崇めながら聞いていた昭和世代の青春の記憶層を、慰めるようにもみしだいてくれる。
郷愁のエクスタシーへ導かれるだろう。
《2021年/Netflix/原作:ビートたけし『浅草キッド』/監督・脚本:劇団ひとり/ビートたけし所作指導・たけしの声(現代):松村邦洋/出演:大泉洋、柳楽優弥、門脇麦、土屋伸之(ナイツ)、大島蓉子、尾上寛之、風間杜夫、鈴木保奈美、Creepy Nuts、つまみ枝豆》





