かつて、この映画を論じようとするとき、かならず取りざたされてきたのが、出征兵士の行軍シーンだったようである。

 二・二六事件が勃発し、日中戦争の戦端が開かれる昭和11年、エーテルのように世情の大気に充満していた暗鬱に目もくれず、阿部定は、情人である東京・中野の鰻屋「吉田屋」の主人、石田吉蔵とのまぐわいに、ひたすら溺れていた。

 エンドレスの情交が重ねられていた待合からふらりと外に出た吉蔵も、戦時下前夜の東京で、冷然と軍靴を踏みならす兵団に出くわすと、ニヒルな眼差しを横目に投げただけで無表情にやり過ごしてしまう。

 良心のある人はそこに、反逆的な官能の革命の微かな心音を聞き取ろうとするだろう。

 

 

 とはいうものの、上映時間の4分の3は、定と吉蔵が、正常位から騎乗位、対面座位から後背位へと、愛欲のおもむくままにまぐわっているのだから、小理屈をならべたてるのは野暮の極みにしかならない。

 現実の阿部定事件をモデルにした本作の主人公は、だれあろう吉蔵である。

 そしてテーマは、定の、とめどなく無限に奪い去ってしまおうとする愛に、ためらうことなく感応する吉蔵の、惜しみなく無限に与えてしまおうとする愛なのだ。

 「吉田屋」の住み込み女中となった定は、いつしか吉蔵との情事に耽るようになり、もはや吉蔵の身も心も独り占めせずには生きていられないと思いつめるようになる。

 

 

 

 10歳年上の吉蔵は、とにもかくにも色男。無邪気な甘え上手でありながら、セックスはわがままだったり横暴だったりすることなどまったくなく、定が快楽に酔い痴れ、絶頂に導かれるまで射精しなかったらしい。

 しかも42歳でありながら彼のペニスの回復力はめざましく、一晩中、いや一日中、あばれヌンチャク状態で定を責めさいなんだそうである。

 定は吉蔵の愛情が偽りでないことを確かめるため、わざわざ生理中にクンニリングスを求めたり、待合で出された吸い物の椎茸を女陰の愛液に浸してから食べさせたりしたが、吉蔵は少しも嫌がらなかったので、定は、ますます恋慕を募らせた(本作は、このあたりのやんちゃなエピソードもかなり忠実に描写しているので、お見逃しなく)。

 さて、東京・尾久の待合「満佐喜」の一室で、ほとんど抱擁したまま居続けになっていた定と吉蔵は、ふとしたはずみで互いの首を絞めあいながらのセックスを試してみる。

 

 

 吉蔵は、定の首を絞めるのに気のりがしなかったので、定が騎乗位になり、腰紐で吉蔵の首を絞めると、ペニスがヒクヒクとうごめくので快感が高まったそうだ。

 吉蔵は、完全S化した定の要求を受け容れるばかりでなく、「俺の体はどうとでもしてくれ」と懇願したという。

 映画では割愛されているが、現実の事件では、吉蔵が、いったん「吉田屋」に帰ると言い出したのでひと悶着あったらしい。

 やがて夜がふけると、吉蔵は、「俺が寝てから首を絞めるなら、途中で手を離すな。後がとても苦しいから」と言い残してから寝入った。定は、寝息を立て始めた吉蔵の首を腰紐でギリギリと絞め、窒息させてからペニスと陰嚢を牛刀で切り取り、ほとばしる血を指ですくいとると、吉蔵の左腿に「定吉二人キリ」と書き遺したのだった。

 

 

 吉蔵の愛の精髄は、自死・自壊を欲するタナトスと表裏一体となったエロスであった。吉蔵を演じる藤竜也も、徐々に存在そのものが色褪せていくように蒼白になり、消え入るようにこと切れてしまう。

 しょうもない蛇足だが、海外からとりよせた無修正版を見ると、藤竜也のペニスは、確実に女陰に挿入されているが、全編にわたって勃起の硬度が足りないように見える。

 死さえも厭わない愛の成就を演技で体現しながら、本気でセックスするなんて無理。

 ロバート・デ・ニーロでもギブアップするだろう。

 

 

《1976年/日本・フランス/監督・脚本:大島渚/製作:若松孝二、アナトール・ドーマン/撮影:伊藤英男/美術:戸田重昌/助監督:崔洋一/出演:藤竜也、松田瑛子、中島葵、殿山泰司、小山明子》