1999年以降、増加の一途をたどり、今では証券口座の開設数としても無視できないものになってきたとされる個人投資者の多くがインターネットを使ったシステム投資の利用者だという。
米国では小学生から教えられるという株式、証券投資を、このネットトレーディングに注目して教科「情報」を教える題材にしてはどうかという話があるらしい。
確かに、インターネットを使って企業情報を集め、株価の動向を知るツールを駆使して、売買するまでのプロセスをひととおり教えれば、教科「情報」A・B・Cのすべてを満遍なく網羅することはできそうな気がする。
すでにゲーム(シミュレーション)のレベルで数年前に実際に高校生が投資の成果を競うコンクールも、証券会社の主催で行われたとも聞く。
しかし問題はコンピュータやインターネット以前に、「証券投資」とは何であるかをどう教えるのかということだろう。教科「情報」は高校で教えられているものだが、ちょっと聡い子どもであれば、小学生レベルから、インターネット、ウェブ上で無料で使える様々なツールやウェブページを使って、投資の概要は教えることができそうでもある。
で、なんのためにこんなことするの? という質問にどう答えるかが問われるはずなのだ。
「功罪」というのは大げさかもしれないが、この質問にどんな投資手法を選択して答えるかは、やはり大きな問題になるだろうと思う。
高校生を上限として株式投資がなんであるかを語ろうとするときに、短期売買から話を始める者は、やはりいないのではないだろうか。
しかし、いまインターネットを中心にして大人の間で話題になっているのは短期売買が主流であるという印象を与える。これは「株式を取得し長期に保有する」ことの意味よりも、あきらかに売りによる利益の獲得に主眼があるわけで、子どもに教える主題としてはあまり適さないだろう。という以上に、「安く買って高く売る」という以外に何もないのだということに、むしろ教える側が気づいて唖然としてしまうくらいのものではないか。
(ここで「逆張り」などとテクニカルなことを持ち出してもしようがないのである。まだ幼い教え子らから笑いをとるのが落ちであろう)。
そうなると、高校の教科「情報」においても、なぜインターネットで株式投資か、という説明が成り立たなくなる。証券投資の基本が、ある企業の株式を長期保有することの意味から説き起こされるものであるとすれば、そこでインターネットを使う必然性は小さなものになってしまうだろうからだ。
金融商品に関する知識の一つとして株式投資を伝えるのであれば、教科「情報」である必要は全くなくなる。
身も蓋もない取りあえずの結論である。
貯蓄や資産形成という論題に、インターネットやウェブや、ツールとしてのPCが必要不可欠のものとして登場する必然性は一つもなかった。むしろ「金利政策」など、ツール以前の問題が大きく横たわっていることを、思い知らされることになる。
手段と目的の自己撞着の問題、二つの分節化の問題、ハイパーリンクし過ぎることの問題が、期せずして浮上することになった。