区役所に電話を入れないといけない。
還付金は絶必だ。
低位株に少しは回せる。このままではまったく仕込めない。
内職はまあほどほどに。
賞金稼ぎの論文締切が迫る。
テーマが教育だ。ああいう事件があって、書きにくくてしようがない。
しかしまあ、よくも教育学とか、教育学者とか、偉そうにしてられるもんだ。
「教育」なんて、嫌々どこかで恥じらいながら、必要悪のように語るものだろう。
つねづねそう思ってきた。
子育ては子育てである。しかしそこには「教育」がからむ。
それでも子育てと教育はイコールではない。
ぐちゃぐちゃになっている。
こういうとき、英語ははっきり概念を示せると思うのだが、
どうもeducationも、はっきりしない。
養育と教育?
躾と勉強?
家庭と学校の違いははっきりしている(していたはず)。
ゲマインシャフトとゲゼルシャフト。
血縁(地縁)社会、共同体と契約に基づく利益社会。
どうやら婚姻のありかたから見直さないと、
いまの社会のありようは解けそうにない。
とかなんとか考え始めて、たかが十枚程度の即効性のある原稿などとても書けるような気にならない。
株もおかしい。いやシステムの話だが。
ITが入って、かつては考えられなかったような「偶発性」まで織り込まなければならない。
なんで、あんな注文で利益が成立するのか?
ITをつかう上での、新しい運用ルールを作っておくべきだったのではないか?
システムの事故を織り込んだ売買?
なんだかアドレナリンが出てきたので。
続きは、またにする。