2006年に出ている。ずいぶんと経つ。
初めてこれを目にしたのは坊主バーでのことだった。
マスターがカウンター越しに、こんなん出てたよと差し出したとたんに、
ギャハハと吹き出してしまったことはよく覚えている。
それから当分忘れていた。本屋で買うのが恥ずかしくて(笑)、
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最近になって、また読み直している。
例の集団的自衛権の議論で国際連合のことを見直す必要を感じたからだ。
第一次大戦後の国際連盟も、二次大戦後の国際連合も、
カントの『永久平和のために』が理念的な影響を与えているとされている。
柄谷行人の新書のタイトルもカントから取られている。
柄谷自身は、もちろん現実に存在する国連に対しては批判的だろう。
そのこともこの本のなかで触れられているはずだ。
『世界史の構造』もそうだが、その要約版と言っていいこの新書も、
どうも著者自身が、どこに座っているのか、よく見えてこない。
でもまあ、語の本来の意味での批判的な視角をもって読めば、
それなりのスコープは与えてくれる。
たとえば、こういう記述。
そのような新自由主義に対する反対は各地にありますが、おおむね排外的ナショナリズムか文化的・宗教的な原理主義になってしまい、それらを超える普遍的な理念を持ちえないでいます。
僕はこれ、違うと思う。八年前の記述とは言え、ある意味現在のジャーナリズムの論調の主流をなすものとぴったりと重なると言ってもいい。しかし問題は「普遍的な理念」だ。特殊と普遍の関係への問いが、そもそもネグレクトされた「普遍」に意味があるだろうか?
参考までに、この本のほぼ巻頭で引用されているチョムスキーの1971年の講演を踏まえた、4つの国家形態の図を引用スケッチしておく。
なにせまだ旧ソ連が存在したころのものだから、いささか古くはなっている。
右下の文字化けは、アソシエーショニズム(柄谷行人のある意味、理念だ)。
ここが「普遍的理念」の位置で、ここは不在ということになる。
国家形態とは言えないが、コミュニタリアニズムがない。著者は、おうおうにして、
これをはずしがちだと思うが、まあそれはいい。
この図はそのまま、1848年のヨーロッパ革命の布置へとスライドする。
こういう手つきだけは、この人は常に鮮やかである。
(続く)
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