平成25年1月25日(金)
(ごめんなさい)スタイルで眠っているタロウ。猫は、時々このスタイルで眠る。昼で眩しいからかと思う。先日テレビのバラエティ番組『珍百景』で、いつもこのスタイルで眠る猫が登場して、珍百景に登録されていた。
*
八甲田山の主峰・大岳は、海抜約1500メートルくらいであるが、北の山なので、高山植物が豊富なのだろう。酸ヶ湯温泉から歩いて八甲田山を目指す。途中で、地獄沼と名付けられた水温98度もある沼に出合い、硫黄の匂いと、もうもうと湯気が立ち込める場に行き当たり、それでも辺りには、植物は生えていた。また、暖かな湯気の出る場に腰掛があって、下半身を温める設備もあったが、観光客にほとんど出会わなかった。智子は、ゆっくりと山道を登って、時々植物の写真を撮った。6月は、花の咲きはじめで、どの花も満開とはならず、楚々として奥ゆかしい風情を見せていた。植物の宿題がなければ、こんなに丁寧には見ないなと思いながら、山頂を目指した。山頂近くには、かつて、陸軍の青森第5軍隊が、雪山訓練中に遭難した兵隊たちの名が記された碑が立っていた。『八甲田山雪中行軍遭難者』199名の名が、記されている。夏に見ると、実に穏やかな山で、遭難が嘘のように感じられるのである。雪や寒さの怖さは、夏では実感できなかっただけに、100年以上も経つ事故とはいえ、こんな低い場所でと彼らに同情の念を覚えた。その後、酸ヶ湯温泉でこの遭難事故の写真や説明書きを見て、さらにその遭難のすさまじさを知った。210名の行軍で、199名が亡くなる。その時の寒さは、記録に残るほどの低気温であったらしい。
旅から戻ると、三日間の山行きで、体がぼろぼろに疲れていた。常日頃運動などしなかったせいもあって、足は痛み、腰廻りも筋肉が張っていた。温泉では回復しなかったみたいである。写真に撮った植物を図版頼りにまとめなくてはならないなとぼんやりしながら、新聞を見ていた。智子は、ニュースのほとんどを新聞から得ていた。勤めの時間が不規則で、テレビではうまくニュースの時間を捕まえられなかったせいでもある。
気になる事故のニュースがあった。伊豆の植物公園の一角が焼けて、職員が一人なくなっていた。そこは主にサボテンを植えていたらしい。絶滅種の珍しい種もあって、その職員は、そのサボテンを助けようと煙にまかれたと書いてあった。本来なら、智子には縁遠い話であるはずなのに、気持ちがさわめいて、その記事を丁寧に何度も読み、切り抜いて保存することにした。亡くなったのは、山田太郎という何とも意味深長な名前であった。まるで偽名と言わんばかりだなと思った。なんとなく、この植物園とは、後に関わりを持ちそうだという気がしたのは、K-30の感覚なのだろう。彼女の知っている何かだろうと察しられたが、今は、そのことをしょいたくなかった。出社まで、あと4日あるかないかで、この旅の成果をまとめなくてはならないのだ。もたもたしていられなかった。写真は、100枚あった。それを、撮った順に、ノートに貼っていった。それから横浜で買った図鑑と照らし合わせながら、名前と、特徴を書いていった。30枚くらいは、名が分からなかった。たった100枚の写真の整理に6時間かかり、さすがに疲れたと思ったら、もう夕方であった。こういう仕事は、時間がかかることは、智子はよく分かっていた。振り返ってみると、いつも書類の整理をしてきたんだと思わせられた。秘書時代も、スーパーでも書類のまとめは、智子の担当であった。
