平成24ねん10月7日(雨) 天気予報は・明日は晴れ・だったと思うのに雨で予定がくるう
写真が入らず、さびしいページです
すみれは、大学を卒業すると、医学関係の出版社に勤めた。本当は、メジャーな会社を希望していたのだけれど、出版社は、どの会社も新入社員の募集は少なく、ひどい時は、募集人員五人のところに二千人の応募があり、一応入社試験は、行われたが、よほどの縁故か、奇跡でもない限り入れないと、試験を受けている時から感じさせられた。〈ばからしい〉思い出になった。その後も、手当たり次第十五社受けているうち、どこでもいいから就職できたらいいという気になったものだった。そんな時、医学出版社の社員の内定を受け、一応ほっとしたが、文学出のすみれが、医学書の何が出来るのか、不安でもあった。この会社は、医者の自費出版などを主に扱うので、業界の景気には左右されにくかったので、生き残っていた。この会社には、教授の原稿の出版の手伝いをさせられていいる若い医者や学生の出入りが頻繁であった。その中で、すみれと気が合った中西治虫というインターン生がいた。時々食事などをする軽い付き合いが続き、恋人らしい関係になるには、五年くらいかかった。それでもお互い夜中まで働くほど、忙しい環境だったので、年ばかり重ねて、気づけば、彼は三十三歳、恵美子も二十八歳になっていた。その頃、中西治虫の実家の方で、開業医の父親から家を手伝わないかと言われていた。中西は、東京の病院での臨床で、経験を積みたがって、家への返事をはっきりさせていなかったのと、すみれが東京で働いていることを気にしていた。一度「九州へ来られるか」とすみれは聞かれた。九州の熊本が彼の実家のあるところであったので、帰るつもりなのかなと、すみれは、他人事のように聞いていた。おまけに「旅行でも行ったところがないわね」と、直接答えることを避けた。その話をしてから、また二週間くらい連絡が途切れ、次に会った時は、「ちょっと実家に帰ってみる」と言われ、その時は、もうすみれに「九州に来ないか」とは言わなかった。そして彼との交際は終わった。
一度も結婚しようとも言われなかったけれど、「九州に来られるか」と聞かれた時、すみれがもっと積極的だったら、事態は変わったのかもしれないと、今頃気づくのだった。それにしても、別れの言葉もなく、突然彼と連絡が取れなくなり、うやむやに終わった関係だった。彼の熊本の住所も知らず、辞めた病院に問い合わせるほどの熱意もなく、その当時、すみれはすみれなりに、ものすごく忙しく、いつしか中西治虫のことを考えなくなっていった。休日には、まだ健全だった家族と愉快に過ごしていた。二歳下の弟が、グラフィックのカメラマンだったので、家には、デザイナーの森篤史や広告関係の同年齢の若者たちが出入りするので、自己憐憫に浸る余裕もなかった。休日には、母の花のおけいこが入り、この日は、すみれが一日中食事の世話を受け持っていた。父とは、休日によく話したものだった。中西のことを思い出すと、家族の時間がついてくるので、だんだん、彼のことは忘れるようにしたのだった。今日、本当に久しぶりに、中西治虫を思い出したのだった。すみれより五歳年上だったから、今、五十六歳になっているのだなと感慨無量な思いでいた。
すみれのその様子を誠一が見ていた。テーブルに向って、ほほ杖をつきながら、日本酒だけを飲んでいるすみれはさびしそうに見えた。誠一は、テーブルにやってきて、寿司を小皿に取り、すみれに渡した。
「せっかくの寿司が干上がってしまうよ。今日はみんな食欲がなさそうだね。何か問題でも、何でも聞きますよ」と誠一がすみれに気遣いを見せた。
「誠一さん、熊本の医者のこと分かる?」とすみれは、中西治虫のことを知りたくなった。結婚しているだろうし、子供もいるだろう。会いたいような、会って複雑な関係にはなりたくなかったが、現在の様子は知りたいと思った。
「開業医だよね。内科医で、学会に論文でも出すような研究者ならわかるかもしれない。名前は?」
「熊本市かどうか知らないけれど、中西治虫という名の内科医、たぶん。東京で働いていた時は、内科だったから。勉強家だったから学会誌に論文だしているかもしれない」
「聞いたことある名だけれど、いつだったかな。治虫という名が、手塚治虫と一緒だと思ったから、覚えているんだな。今言えるのはそのくらい。すみれさんの彼氏だった人?」
「どうかしら、いい年だったのに、結婚を申し込まれたこともないし、一緒に旅をする時間もなかったわね。いつも忙しかった思い出ばかり。でもそんな付き合いでも男の人と交際があったのは、中西君だけだったから、そうとも言えるかもね。あわただしい別れ方をして、今でも分かれているのか、連絡のない親戚かという感じなの。生きているといいわね」
「よし調べておいてあげる」と、いつもは、女たちの話に首を突っ込まない誠一にしては珍しく積極的な姿勢を見せていた。
「しっかりわかるまでは内緒にしておいてね」とすみれは、少し後悔していた。言葉が一度口から出ると、それはいつの間にか公の情報になるのだと、よく知っていたからであった。

