平成25年7月24日(水) 

 手前が男の子・奥が女の子
名前は、『おいで』これを言うと、隠れている場所から二匹が出てきます。すぐ里子に出される運命なので、誰でも使う『おいで』にしました。
 女の子の『おいで』頭の灰色の縞以外全身真っ白です。1.6キロ。
 
 

            平成25年7月17日(水) 

 [ 縞ちゃん]一年前から時々朝方、家の庭で見かけていた。鳥にやるパンを食べに来ていた。飼い猫らしいと、一年は、餌もやらずパンだけ好きに食べさせていた。別の飼い猫で6年間通ってきていた20歳の猫が五月に亡くなって、その代わりに、この猫に、朝ごはんをあげるようになっている。朝、五時半に来ていると、早起きの夫があげている。九時ごろパンをまくのだが、その時はもういない。朝だけやってくる縞ちゃん、案外小さい。

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 鶉タンポポ・葉の模様がウズラの卵の模様に似ている。冬も枯れずに葉を楽しめる。
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 今から、約40年前、東京の郊外では、大手のディベロパーが住宅地を盛んに整備していた。西武不動産・東急不動産・長谷川建設・日商岩井などの建設会社が、未開発の土地に新しい街を設計して、道路と鉄道にも手を入れて、都心へのベッドタウンを大々的に作っていた。その頃は、土地だけの販売が主で、購入者は、後に家を建てなければならなかったが、土地だけの購入も可能で、住宅地と言っても、その場所に家が揃うのには、十年くらいかかった。
 今まで、人がいなかった場所に、人が増えて、小学校が次々建てられた。ただ一つしかなかった学校に、一学年10クラスという状況の時もあった。その後3校の小学校が建ち、それぞれ近くの学校に通えるようになった。

 鈴木元子の子供も、長男が二年生になった九月から近くの小学校に通えるようになった。それまでは、30分かけて大所帯の小学校に通っていた。その生徒数の多さは、運動会を完了させるのに一週間かかるという具合であった。学校へ行くのも遠く、まだ一年生の太一郎が無事に帰ってくるか、いつもハラハラして待っていた。
 新しい小学校は、元子の住宅地に隣接していたので、走れば一分でも行ける近さであった。そのため、PTAの初めての会で、クラス役員になれる人というのに自ら応募して、学年委員を引き受けた。他に、広報委員、郊外委員というクラスから選出される役があった。PTAに出てくる親のほとんどは、専業主婦であったので、学校のボランティアの仕事に時間を割くことは、そんなに面倒なことではなかった。元子は、こんなに学校に近いのに何か手伝うのは当然だと思っていた。しかし、後に、PTAの仕事をできたらしないで済ませたいという親が結構いることも知った。智子は、息子の太一郎が初めての子供であったので、PTA自身をよく理解していなかった。
                  
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私は洋室派!

文本はここから ; 子供の頃から、洋室が好きでした。だから自分の家を建てた時、和室は、作りませんでした。床は、ナラ材で一枚づつ張りましたから、たった17坪の家を造るのに、4か月かかって、工務店さんが、根を上げてました。有名な建築家の設計でしたから、工務店さんも手が抜けなかったのです。  

 『よっちゃん』の後姿
  






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