北海道神宮祭。
桑園の子だったので、北海道神宮はすぐ近くだった。
小学校は、神宮祭の時は半どんだった。
でもその頃は、円山公園より中島公園に行きたかった。
出店や見世物小屋がたくさん並んでいたし、
毎年、神宮祭の時には、
おじいちゃんとおばあちゃんが札幌に遊びに来て、
一緒に中島公園に連れて行ってくれたから。
両親が一緒の時は、
おいらたち姉妹は、外での立ち食いは厳禁だった。
でも、おじいちゃんは、焼きイカや林檎飴を買ってくれた。
お祭りの屋台は、おいらには「ごちそう屋台」だった。
見世物小屋にも行った。
「へび女」を初めて見たのは中島公園だった。
今思えば、なんてことはない、
腕や首に蛇を巻いている女の人なのだが…。
その「へび女」が(生きている)鶏をかじるのを見た。
多分あれは、生きていたのではなく、
予め用意された小道具だったのだろうけど、
コケコッコーと鳴いた鶏の首にガブリとかじりつき、
血を出して、鶏パタリと死ぬのを目の当たりにして、
泣かない子供がいるはずもなく、
まして、その頃おいらの家には鶏を10羽も飼っていたので、
姉妹揃ってぎゃんぎゃん泣いた記憶がある。
サーカスも見た。
でかい球体の中を、バイクが遠心力で
天地左右、ぐるぐる走るやつだ。
「千葉真一みたいだ」と思った記憶がある。
中学生になると、
北海道神宮祭は、とたんにデートコースになる。
ただし、2人きりではちと恥ずかしいので、
いわゆる集団デートってやつだ。
小学生の時は、林檎飴に大口でかじりついていたのに、
とたんに色気づいて、小さめのいちご飴になる。
人混みがすごいものだから、
自然と手をつないでみたりする。
そして、途中で仲間とはぐれて(わざと?)2人きりになる。
ああ、なんて甘酸っぱい。
高校生になって、
ようやく真面目に北海道神宮へ参拝するようになった。
歴史・古典好きだったおいらは、
すっかり雅楽だの能楽だの、
あの雅な世界に引き込まれたのだ。
変な高校生(笑)。
大学の時、巫女のバイトをしていたので、
北海道神宮祭は「バイト」になった。
北海道神宮祭には、たくさんの思い出がある。
でも、
おじいちゃんと一緒に行っていた時が、
一番楽しかったな。
したっけ。
桑園の子だったので、北海道神宮はすぐ近くだった。
小学校は、神宮祭の時は半どんだった。
でもその頃は、円山公園より中島公園に行きたかった。
出店や見世物小屋がたくさん並んでいたし、
毎年、神宮祭の時には、
おじいちゃんとおばあちゃんが札幌に遊びに来て、
一緒に中島公園に連れて行ってくれたから。
両親が一緒の時は、
おいらたち姉妹は、外での立ち食いは厳禁だった。
でも、おじいちゃんは、焼きイカや林檎飴を買ってくれた。
お祭りの屋台は、おいらには「ごちそう屋台」だった。
見世物小屋にも行った。
「へび女」を初めて見たのは中島公園だった。
今思えば、なんてことはない、
腕や首に蛇を巻いている女の人なのだが…。
その「へび女」が(生きている)鶏をかじるのを見た。
多分あれは、生きていたのではなく、
予め用意された小道具だったのだろうけど、
コケコッコーと鳴いた鶏の首にガブリとかじりつき、
血を出して、鶏パタリと死ぬのを目の当たりにして、
泣かない子供がいるはずもなく、
まして、その頃おいらの家には鶏を10羽も飼っていたので、
姉妹揃ってぎゃんぎゃん泣いた記憶がある。
サーカスも見た。
でかい球体の中を、バイクが遠心力で
天地左右、ぐるぐる走るやつだ。
「千葉真一みたいだ」と思った記憶がある。
中学生になると、
北海道神宮祭は、とたんにデートコースになる。
ただし、2人きりではちと恥ずかしいので、
いわゆる集団デートってやつだ。
小学生の時は、林檎飴に大口でかじりついていたのに、
とたんに色気づいて、小さめのいちご飴になる。
人混みがすごいものだから、
自然と手をつないでみたりする。
そして、途中で仲間とはぐれて(わざと?)2人きりになる。
ああ、なんて甘酸っぱい。
高校生になって、
ようやく真面目に北海道神宮へ参拝するようになった。
歴史・古典好きだったおいらは、
すっかり雅楽だの能楽だの、
あの雅な世界に引き込まれたのだ。
変な高校生(笑)。
大学の時、巫女のバイトをしていたので、
北海道神宮祭は「バイト」になった。
北海道神宮祭には、たくさんの思い出がある。
でも、
おじいちゃんと一緒に行っていた時が、
一番楽しかったな。
したっけ。