FMから、ジョン・レノンの歌が流れてきた。
ああ、そうか。
今日は12月8日だ。

あの頃のおいらは、まもなく発表になる
推薦入学の合否にやきもきしていた。
期末試験も控えていて、早めに登校して自習をしていた。

そして朝、HRのため担任が教室へ入ってきて、
ちょっと驚いた。
彼は、目を真っ赤にしていたのだ。
そして、開口一番、
「ジョンが…亡くなりました」。

ジョン・レノンが亡くなったというニュースを、
その日の朝のニュースで聞いたのか、
それとも前日深夜のラジオニュースで聞いたのか、
今となっては定かではないが、
記憶に残っているのは、朝のHRの担任の泣き顔だ。

担任は、まだ若く、
強烈な指導力があったわけではなかったので、
おいらたちは、いつも彼を小馬鹿にしていた。
おいらは女子校だった。
その残酷さは、今思えば、
「若かった」のひと言じゃ済まされないくらい
陰湿だったと思う。
若い女の子の嫌な部分が、全部担任に当てられた。

英語教師の彼は、ビートルズをこよなく愛していた。
授業の教材にビートルズの歌詞カードを配り、
おいらたちに訳せと言った。

辞書片手になんとか訳すと、
その内容を見て、彼は深くため息をつき、
「君たちは、ジョンの気持ちがわかっていない」
「もっとポールの気持ちになって」と嘆いた。

当時のおいらは、
それこそユーミン&サザン真っ盛りで、
ビートルズなんか、教科書でしか知らない。

「どうでもいーじゃん」と、
嘆く彼をバカにしていた。

その日、彼は英語の授業で教室には来ず、
自習になった。
帰りのHRには、副担任が来た。

「バッカじゃね。ジョン・レノンが死んだくらいで」
と、おいらたちは彼を笑った。

でも、今ならわかる。
MJが、おいらにとって、
彼のジョン・レノンと同じだったから。

今、クラス会のたびに、
おいらたちは担任に謝っている。

先生、あの時はバカしてごめんね、と。

次のクラス会は来年の予定だ。
その時は、担任と一緒に、
ジョン・レノンとMJを讃えよう。

そんなことを思った12月8日。