『日本の歴史をよみなおす』の後半にあたる本。
この続編でも「はじめに」から驚かされた。
百姓の人の仕事って何でしょう?
ここじっくり考えて回答を導き出して欲しい。
おおよその回答は「農業」じゃないかと思う。
だって教科書でもそう習っていたしね。
これがそもそも「違ってるよ」というのが「はじめに」から書かれている。
だから何?百姓=農民じゃなかったら何なの?と思うかもしれない。
これ、結構色々な固定観念を覆される、凄く大きな事実なんだと気付かされる。
山奥に存在する集落は、その立地から田畑を持つことが出来ないが為に貧困であっ
たというのが定説だったらしいが、実はそこでは鉄が摂れたり、山菜が摂れたり
していて、実はとても裕福であったとか。
海川沿いなども同じことが言えて、貿易での収益やその昔は海川を主とした交通
網というのが沢山あった為、そこを通る場合に通行料を徴収するなどで富を得て
いたとか。
だから、日本の農民ではない人(=米を作れない人)は貧困でそれはそれは厳し
い状況が強いられていたという、とても悲観的な状況を歴史家は考えていたが、
いや~そんな事無くて、ちゃんと金儲けして美味しい思いもちゃんとしていたよ、
という明るい昔を思い浮かべることがこの説によって出来る。
ちゃんと昔の日本をしっかり考え描いた事はあまりないけど、心の隅で「現代が
一番裕福な時代、幸せな時に僕らは産まれた」とか考えていたような気がするけ
ど、いやいや実はとても大変な時に生きていて、悠長な事を言ってらんない時期
なんじゃないの!?って思う。
ちょっと長くなるが続けて書くと、この時代(中世)の仏教と政治と人民との関
わり方がとても興味深い、だんだんと非人と呼ばれる人や女性などが穢多(穢れ
多い)と差別され始めると、その人たちを救済する教えというのが人気を得てく
る。
その教えが禅宗や時宗、真宗などで、そのお坊さんが政治力を背景に色々な特権
を得てお金を稼いでいき、それを元手に寺の増築などを行っていくという流れが
あったようだ。今のお寺やお坊さんの印象とは掛け離れている。
あとがきで網野善彦氏が書いているが、疑問に感じた事を疑ってみる力っていう
のが大事であるというような事が書いてあるけど、本当にこれから、こういう力
が大事になってくるんだと思う。